経済成長のための税制イノベーション

東京都文京区 松井 孝司

 

トマ・ピケティの「21世紀の資本」論

ベストセラーになったトマ・ピケテイの近著「21世紀の資本」によれば資本収益率が経済成長率を上回ると資本の蓄積が進み高所得者に富が偏在するようになり貧富の格差が拡大するという。

資本主義を批判し経済成長を疑問視する経済学者の論説はイデオロギーや価値観にもとづく偏見が多く当たらないことが多いが、「世界の富の半分は上位1%の人が占める」とするピケティの予測は歴史的事実にもとづいているので無視はできない。

多くの日本企業の資本収益率は低く、企業経営者は米国のように巨額の報酬を受け取っていないが、日本経済は過去20年近く低成長が続いているため格差が拡大するのだ。名目賃金が15年間下がり続けているのも生産基地を海外に移し円高に対応してきたからである。安倍内閣は経済界に従業員の給与引き上げを要請しているが低成長でも官民格差が温存される日本の格差は米国とは内容が大きく異なる。

日本の格差は地域間格差、世代間格差など環境の良否や既得権益の有無から派生する格差である。格差是正のための歳出で拡大する政府の1000兆円を超える巨額債務の削減策が求められるが、ピケティは公的債務の削減策として「資本課税」「インフレ」「緊縮財政」の3つの手法を挙げている。

「資本課税」は巨額の公的債務を減らす最高の方法であり最も透明性が高く、公正で効率的な手法としている。ピケティが重視しているのは累進課税であり、累進所得税と累進相続税は20世紀の税制イノベーションであったという。21世紀はグローバル化する金融資本への世界規模の課税が重要になり、各国政府が連携して銀行情報の自動送信により資本課税ができれば理想的と考えているようだ。日本で20161月から運用が予定されているマイナンバー制度の使用を銀行口座、証券口座に義務付ければ日本国内で資本が生む利益への課税が容易になり、納税はコンピュータが代行してくれる。

公的債務を削減するために「インフレ」も選択肢の一つになるという。ピケティによれば国債は不動産や株式のようにインフレで価格が上昇する実質資産ではなく名目資産なのでインフレ率が年25%になれば公的債務の実質価値はGDP対比で15%以上下がると述べている。

歴史に学べば多くの国で大規模な公的債務の削減がインフレにより行われたことを知ることができる。第二次世界大戦後、戦勝国の米国、イギリス、フランスも巨額の公的債務を抱えていたがインフレが名目GDPを増やしGDP対比の債務を削減している。GDP対比で200%以上の返済不能の債務を抱える日本政府にとっても異次元の金融緩和によるインフレ策は魅力的な債務の削減策である。

3つ目の手法、「緊縮財政」には政府の歳出を削減するために政府組織と既得権益の縮小が必要だ。ガルブレイスが「既得権益を享受する人々が大多数である場合、それは人権とされる」と述べているように政府が国民に保障する権利の削減は不可能に近く、既得権益の縮小には抵抗勢力が多い。すべての政府にとって小さな政府は最も実現が難しい永遠の課題なのだ。

 

経済成長策としての軽減税率

公的債務の削減策としてインフレを期待する異次元の金融緩和の問題点は無期限に続けることが出来ないことである。金融緩和を続けても日本経済が低成長では税収は増えず、いつの日か国債価格は暴落しハイパーインフレションになるだろう。

金融緩和で貨幣価値を下落させるインフレはお金を持っていても使わない個人、法人に対する課税と同義であり、遊休資本に対する課税である。貨幣価値の下落は遊休資本の活用を促進する誘因になるが資産バブルを招き富の再分配を保障するものではない。

消費税(売上税)は景気に左右されない安定財源として政府が求める税金であるが、低所得者を直撃し物価のみを上昇させるスタグフレーション策である。国民の消費需要を抑制し経済成長を阻害する不合理税制であることが2014年度の日本経済でも実証された。

インフレはすべての国民に望ましくない副作用をもたらすため異次元の金融緩和ではなく「異次元の経済成長」で政府債務を削減する政策が望ましい。

ピケティが指摘するように公的債務の削減には資本が生む収益(付加価値)に課税をすることが最も望ましい。不労所得の投機的収益には累進課税をしても困る人は少ないだろう。日本の約1600兆円の金融資産が経済成長の原資として活用され国民所得と税収が倍増するように仕向ける税制が必要である。

欧米先進国の裕福な国で経済成長が例外なく停滞するのは消費需要の拡大が難しくなり資本が利益を生みだす投資先が無くなるからである。ピケティは1990~2012年の一人当たり産出は西欧で1.6%、北米で1.4%、日本では0.7%の成長率であり年34%の経済成長は幻想としているが、歴史を辿れば世界大戦後1950~1970年にかけて西欧の経済成長率は4%以上に跳ね上がっている。日本も戦前は平均2%程度の経済成長率であったが19501960年代には10%近い成長率を実現している。驚異的な成長率を実現できたのは戦争で古い生産設備が破壊され、主要都市の住宅が焼失していたことに加え、米国から先進の科学技術が導入されたからである。

歴史に学べば、孤高の経済学者シュンペーターが云うように経済成長には創造的破壊によるイノベーションが不可欠なのだ。

注目すべきはスエーデンなどで実施されている住宅課税をゼロにする付加価値税の軽減税率である。住宅産業は経済的波及効果が大きいので、都市部住宅の創造的破壊は経済成長に大きく寄与する。防災のための木造住宅密集地の区画整理、人口超密地域の高層化、過疎化する地方都市のコンパクト化や超高齢者化社会に対応するバリアフリー省エネ共同住宅の建設などに軽減税率を導入して民間資金による公共投資を促進し、逆に空き家住宅の解体や土地の有効利用を妨げている一物四価の土地所有に対する軽減税率は撤廃すべきだ。

我が国でも消費税率10%への増税時に軽減税率の導入が検討されているが、経済成長策として生鮮食料品や国産木材の売買に思い切った軽減税率を導入すれば衰退する地方の農林業の再生と再生可能エネルギーで成り立つ里山産業資本の振興策になる。

農業への補助金や地方交付税の支給より、消費税の撤廃または軽減税率で地域産業を支援する方が地域の自立と再生に役立つ。

日本の経済成長を妨げている不合理税制を抜本的に改め長期に亘り停滞する非効率な組織・産業は消滅させ、価値観を「量」から「質」に転換し大きな付加価値が期待できる特定の産業を対象に軽減税率を導入して新しい投資と消費需要を喚起できれば名目GDPが倍増する異次元の経済成長も幻想ではなくなる。

19世紀以降世界の人口が飛躍的に増加したのはエネルギー資源を木材から石炭へ、石炭から石油へと転換した技術革新によるものである。しかし、化石燃料文明の量的拡大は限界に近づいており、新しい科学技術による質的転換が求められる。

大気汚染と地球規模の気候変動をもたらす化石燃料に依存する産業は順次縮小させ、低炭素エネルギー革命によるイノベーションで新しい産業を創生できれば人間と地球にやさしい持続可能な未来志向の文明の歴史が始まることになる。

 

参照:異次元の経済成長を!(生活者通信メルマガ版115号)

http://www.seikatsusha.org/merumaga/101-120/vol-115.htm