生活者主権の会生活者通信2006年05月号/10頁

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中国の「軍事的脅威」は的外れ

東京都練馬区 板橋 光紀

 2003年に米、日、中が支出した国防費を比較した数字がある。
 アメリカ:US$387,319,000,000(約46兆円)
 日本:   35,189,000,000(約 4兆2千億円)
 中国:   25,400,000,000(約 3兆5千億円)
 アメリカの46兆円は桁違いに大きいが、中国の3兆5千億円は16年間2桁の伸び率を記録して来た
にしては、それでもまだ日本の7割程度でしかない。仮に毎年前年比10%ずつ伸ばし続けた場合、16
年後には約6倍の大きさになる筈だから、16年前の中国の軍事費は6千億円程度であったことになる。
 2003年の国防費を夫々の国の人口で割り、国民一人当りの国防費負担額を比較すると、
 アメリカ:US$1,337 (約16万円)
 日本:     276 (約3万3千円)
 中国:      20 (約2千4百円)
になり、日本人は中国人の14倍、アメリカ人は中国人の67倍の金額を国防に注ぎ込んでいる勘定にな
る。国防費は比較する物指しや、見る数字の中身と角度によって、又経済状況や歴史的・地理的におかれ
た環境等によって受ける印象が変わってくる。「適切な軍事費」か、「脅威を感じる数値」であるかを判
断する際、自身の思いこみを主張する論理を組み立てるに都合の良い数値だけを取り出して他国を非難す
る材料に用いるべきではない。
 今年早々に民主党の前原前代表が「中国は脅威」を口走り、物議をかもしたことがあった。程度の低い
メディアが、右寄りと評される前原さんから恣意的にタカ派的な言質を引き出す魂胆で投げたタチの悪い
質問に答えてしまったものではあろうが、「靖国参拝」を無神経に続ける小泉さんと同列にされかねない。
選挙のあるなしに拘わらず多くの有権者に語りかけ、少しでも党勢を高めようと、逆風の中、日々民主党
をプロモートする我々末端党員にとって前原発言は迷惑千万である。

 2002年末に発表されたアメリカ国防総省の報告によると、中国の軍事費が実際には中国政府が発表
する国防予算の2・5倍の金額にのぼるとある。これが事実だとすると、中国の軍事費は8兆7千億円で、
日本の2倍に跳ね上がってしまう。アメリカ人がこのことに関して何を言おうと構わないが、日本人、特
に国の指導者はこの類のことを口にしない方が良い。「やぶへび」になるからだ。
 日本の国防費がGDPの1%以内の4兆2千億円であっても、これは一般会計から支出される歳出額を
指しているだけのことだ。2年前の自衛隊イラク派兵で、最初の1100人分の派兵費用が「予備費」で
賄われたことに象徴されるように、アフガン、ゴラン高原、カンボジア、ザイール、東チモール等への派
遣費用が国防費以外の名目で出費されることがあるから、国防費総額はかなりの金額が上乗せされる。
 1950年8月、かねてより日本政府から求められていた「警察官増員」の要求に応じる形で出たマッ
カーサーの命令によって「警察予備隊」が創設される。これが2年後に「保安隊」、さらに2年後に「自
衛隊」へと改名されて「軍隊化」される。同時にマッカーサーは海上保安庁職員の増員を命じ、「海上警
備業務」だけは「国防活動」と位置付け、アメリカによる装備品供与は警察予備隊だけでなく、海上保安
庁に対しても実施される。このことから、今も続く海上保安庁の海上警備活動にかかる費用だけは日本の
「国防費」又は「軍事費」としてカウントする必要がある。
 更に、在日米軍3万6千人の駐留費用の内、日本人労務費や光熱費、施設提供費用等の「思いやり予算
2千4百億円」は一般会計の防衛費から出ているが、安保条約によって、極東に展開している米軍の活動
目的が有事の際に「日本を助ける」ことが含まれている筈だから、在日米軍のみならず、極東派遣軍にア
メリカ政府が支出する費用の大きな部分を日本の国防費に加えないと「日本を護る軍事費総額」は出てこ
ない。
 ライシャワー発言とラロック発言やエルズバーグ発言からも、在日米軍の艦船に核兵器が搭載されてい
ることを疑う人は少ない。アメリカがこれまでに偵察衛星や核兵器の開発と精度の向上に費やしてきたヱ
ネルギーと費用は莫大である。世界最強と言われる第七艦隊が誇る最先端の装備や技術と艦船派遣費用を
推計し、それらの一部が日本の傘として働いているとすれば、アメリカの国防予算46兆円の一部は「日
本の国防費」と考えるべきで、日米のいずれが負担するにしても、「日本の国土及び日本人の生命と財産
を守る為の軍事費」であることに変わりはない。これらを全て足し算すると日本の国防費は軽く10兆円
を超えて、アメリカに次ぐ世界第二位の国防費消費国になる。

 四面を海に囲まれて、軍隊無しでも半分国防が成っている日本の軍事費が、日本の26倍の国土面積を
抱え、ロシア、インド、ベトナム等と国境で対峙し、台湾、チベット、ウイグルの独立運動に晒され、西
域のイスラム化に脅かされる中国の軍事費を上回っている現実を理解すべきだ。

 中国はこれまでに毎年平均2回ずつ核実験を強行してきた。500発のミサイルが日本列島へ向けて配
備されていると言う。日本人にとっては「脅威」と言えなくもない。しかし「脅威」はお互い様で、在極
東米軍がメイドインチャイナよりも遥かに精度の高い核兵器やミサイルを何時でも、何処からでも中国大
陸へ向けて発射出来る態勢にあれば、中国人が日本方面からの攻撃に身構える心境は理解出来る。

 そこで、日本人から中国人への呼びかけとしては、少なくとも平和を希求し、共存共栄を目指す民主党
のリーダーなら、「核廃絶」と「軍縮」を高らかに提案すべきが穏当で、選りに選って一方的に「脅威」
だけを投げつけるのは不適切だ。
 私は過去25年間主に中国大陸で仕事をして来た。苦労に苦労を重ねて来ただけに、「中国が好きか、
嫌いか」と問われれば、「嫌い」の方に手を挙げる。だから中国を庇うつもりは毛頭ない。中国政府が強
権を行使した結果だとは思うが、1987年以来、人民解放軍将兵の数を大幅に減らして来ていることだ
けは特筆に値する。その手法も鮮やかである。
 かつてソ連と犬猿の仲にあった時代、400万人いた人民解放軍の戦闘要員は1987年に300万人
に、現時点では240万人に削減されている。離隊した160万人は官庁や公営・民間企業へいくらか振
り向けられたが、大半の100万人は「武装警察部隊」に引き取られ、たまたま中国国内で激増傾向にあ
った暴動やテロに対応する、日本で言う「機動隊」のような役割を担っている。中国が乱れると日本は甚
だ迷惑するから、治安の維持に解放軍離隊将兵が転用されたのは有難い。
 1980年代、ケ小平の時代に考え出された制度であると聞いているが、人民解放軍将兵の採用は「選
抜徴兵制」と呼ばれる方法が今も尚続いている。「徴兵制」の名称が付いていても、実態は「志願制」に
近い。毎年従軍適齢期に達する18〜22歳の男女は約6000万人出る。その中から60万人が採用さ
れ、「志願者」は100倍の競争率で入隊を目指して来る。各級行政単位(省、市、県、鎮)の人口比で
採用人数が割り当てられる。経済発展の著しい沿岸地方では倍率は低いが、内陸の農村地域での倍率は極
めて高い。軍務に就くと車の運転や危険物取り扱い技術等の技能を身に付けられるだけでなく、3年の任
期後に離隊すると同時に希望者は「都市戸籍」を取得出来、都会での仕事に就くチャンスが得られるのだ。
農村の若者達は将来都会で「職を得る手段」として解放軍へ入隊して来ると言えなくもない。

 因みに日本の自衛隊は現在約26万人居り、一般下級隊員は2年又は3年の任期を終えて毎年数万人が
離隊する。離隊者に対する再就職は防衛庁・自衛隊の専門部署による誠に行き届いた斡旋サービスが施さ
れる。離隊者の希望をよく聞き取った上、相応しい求人先を斡旋してくれる。そこが気に入らない場合、
第二の求人先が紹介される。それも気に入らない場合は更なる斡旋が打ち切られ、離隊者は自分自身で再
就職先を探さなければならない。好き嫌いをあまり厭いさえしなければ、いかなる不況下にあろうとも、
再就職はほぼ100%そこそこの企業への入社が保証されているも同然だ。
 一般に自衛隊員は厳しい訓練に耐え、身体強健、礼儀正しく、特殊技能を身に付けた人も多いから、
「是非自衛隊を務め上げた人を」と申し出て来る一般企業も居る。しかし求人の多くは概して防衛庁・自
衛隊へ出入りしている納入業者であるようだ。離隊者の採用を本心から希望する企業もあるだろうが、中
には防衛庁・自衛隊の押し付けを断りきれずに、離隊者を引き取らされる例も多いと聞く。当然のことな
がら、防衛庁・自衛隊は離隊者を引き取ってくれた業者に「借り」が出来る。それは継続して仕事を出す
裏約束が交わされたことを意味する。つまり一般隊員の再就職は「天下り」とは呼べなくとも、「横すべ
り」の形態、これが防衛庁・自衛隊ファミリーの中で毎年数万件単位で発生する。再就職を有利に出来る
点では中国の人民解放軍離隊者に共通する。

 中央官庁の高級公務員の天下りは夫々100人とか200人と数こそ少ないが、ろくに仕事をしないで
パラサイト、支払われる高給に税金が使われるケースが多い点で許しがたい。最近防衛施設庁が司る入札
で「官製談合」が発覚、施設庁のトップクラス数人が逮捕された。私は過去10年間、防衛庁と自衛隊に
よる金銭的な不正を報じた新聞記事だけを収集して来たが、官製談合の記事が余りにも多かったので、こ
の数日間だけで4ぺ―ジも使ってしまい、2センチの厚みがあるスクラップブックがとうとう一杯になっ
てしまった。
 私は「談合」と言う言葉を使いたくない。「談合」そのものは「話し合う」とか「請負価格を相談する」
の意味で、「犯罪」を表現する日本語ではないからだ。この事件はいずれも当事者間で画策、売買価格を
かさあげして取引を成立させ、国民から預かった血税を流用、天下りの元防衛庁職員を養う費用に充てる、
「公金横領」と呼ぶべきもので、当事者の罪は戦前の軍隊なら「銃殺刑」に値するだろう。
 他の中央省庁や公団・地方自治体であっても、公金の使途に不正な流用があれば全て「公金横領」にあ
たる。この種の悪質な犯罪が「武力を行使し得る官庁」が組織的且つ数十年の長きにわたって行われ続け
て来たことに問題の深刻さを覚える。何らかの理由で防衛庁が裏約束通りに仕事を出せない場合、天下っ
た元公務員は針の筵に座っている心境になり、早く仕事を出すように古巣の防衛庁へすがりつく。天下り
を引き取った納入業者は約束の履行を求めて防衛庁へ怒鳴り込む。対応に窮した防衛庁はつじつまを合わ
せてでも仕事を作り出そうと試みる。
 必然的に、これら三者の利害が一致して、そろって安堵の表情を見せるのは、
1.他国の脅威が声高に叫ばれ、軍事施設や装備が増強される時。
2.大規模な軍事演習が頻繁に行われ、装備品や資材の消耗が激しくなった時。
3.日本が他国との間で紛争や緊張する場面が続発した時。
4.海外の紛争に積極的に介入、紛争が長引いたり拡大する傾向にある時。
5.海外へ派兵した自衛隊が任務を終えても理屈を付けて、なかなか帰国しない時。
のような気がしてならない。残念ながら我が国の武力集団からは身を挺して市民の生命と財産を護る気概
はカケラほども感ぜられない。「防衛庁を省に格上げだと?、ふざけるんじゃないよ」と言いたい。昭和
6年の「柳条溝事件」の前例もあることだし、軍隊に「仕事を人工的に作り出す」クセをつけられるとロ
クなことはない。尊敬する亡き後藤田正晴さんは生前テレビで語っていた、「軍隊ってのは信用出来ない
ものなんだよ」と。

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