生活者主権の会生活者通信2006年01月号/08頁..........作成:2006年01月01日

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<中国の現実H>
中国で至誠は通用しない

東京都練馬区 板橋光紀

 「至誠天に通ず」、これを唱えた中国の思想家「孟子」は紀元前4世紀に活躍した人
で、その語意は「誠意を持って行動すれば人の心を動かさないことはなく、誠意が無く
て人の心を動かせた試しもない」と言う、せちがらい現代社会に生きる我々にこそ大事
な味わい深い名言である。

 この他に私の好きな格言には、孔子の「身を殺して仁を成す」や、荘子の「聖人の徳
、王者の英知」、新しいところでは「武力、法律、宗教に依らず、徳を以って天下を治
める」等がある。2500年以上の昔から日本が中国から学んだ文化、行政学、医薬学
、農業、科学技術等が今日の日本を築く礎となった部分は大きい。

 1980年代初頭、私が中国へ進出してエレクトロニクス工場を立ち上げるに際し、
出発準備に並行して、かなり古典的な中国の世界観、価値観、道徳観、人生観等を、俄
か勉強ではあったが、読み漁っていたことがある。確か中学と高校で古き良き時代の中
国史や漢詩なども習ったのに、ことごとくを忘れてしまっていたからだ。ふと気づいた
のだが、日本の大学の校歌や応援歌の殆どが「漢詩調」になっている。付け焼刃で古典
を学ぶまでもなく、戦前から我々日本人は無意識のうちに中国及び中国人に、漠然とし
た畏敬の念を抱えていたせいであろう。私の場合は、中国は英雄豪傑が沢山居る国なの
だと言った短絡な思い入れが勝ち過ぎていた為に、中国への出張回数を重ねる毎に、大
昔から語りつがれて来た格調の高い格言の教えと、中国社会の現実との狭間に大きな落
差があることに気づいて、度々愕然とする場面に遭遇する。「畏敬の念」は色褪せて参
り、連日目を覆い、耳を塞ぎたくなる「おぞましき光景」に出会うにつけ、これまでの
個人的な思い入れを一度全て洗い流し、生活の智恵のような「最新型の中国観」を身に
付ける必要に迫られた。

 大昔から語り伝えられて来た名言と同列にして「格言」の仲間に入れるほどコクのあ
るものではないが、今日の中国の世情を言い当てている一種の「流行り言葉」には「表
現の妙」として特筆してもよい傑作がある。例えば、

(1)「一切向銭看」(金がすべて)

(2)「銭不是万能的但是没有銭是万々不能的」(金は万能なものではない、しかし金
   が無いと絶対に生きていけない)

(3)「清官三代」(どんなに清廉な公務員でも、子、孫までの三代が楽に暮らしてい
   けるほどの財産が出来てしまう。悪辣な役人だったら四代か五代に亘って不自由
   しないほどの賄賂を稼ぐことが出来る)

(4)「笑貧不笑娼」(娼婦より貧乏人が軽蔑される)

等数え上げたら切りがない。

 共産党幹部による犯罪が摘発されてポストを解任されたり、高級公務員の汚職が発覚、
公職剥奪や厳しく処罰された等の事例は日常茶飯に報道されているものの、それら不正
の手口や経緯、それに下級・中級公務員の腐敗については件数が多過ぎるせいか、ニュ
ースバリューに劣る為か、あまり日本には伝わって来ない。少々お節介かも知れないが、
とかく標的にされ易い中国で働く日本人同胞諸君に用心を喚起する目的で、私自身が見
届けた不正現場のうち、新聞やテレビで報道されにくい下級・中級公務員による不正実
態のいくつかを以下に紹介したい。

(A)立ち入り検査

 消防署、保健所、移民局、税務署等、外資企業を監督する立場にある役所の職員が予
告無しに突然工場を訪れ、「立ち入り検査」を行う。「違反につき操業停止」の権限を
振り回しながら重箱の隅をほじくるように、延々と査察を続ける。「お車代」みたいな
名目で、下級公務員の月収程度の現金を差し出さないと絶対に帰ってくれない。同じ役
所から別の職員が代わる代わる定期的に来るから、企業の負担する「お車代」の総額は
バカにならない。査察の職員は一日に数軒の企業を回るらしい。やっと帰った後に役所
へ電話をかけさせたところ、査察に来た職員は「休暇中」だったことが判った例もあり、
これらの査察が常に役所の業務として実施されているものとは限らない。

(B)奉加帳

 外資に限らないが、大きな企業が町や村へ進出してくると、その地域一帯で企業城下
町を形成することになる。地域で祝い事やスポーツ大会、見本市等のイベントが開催さ
れると、役所や町村の長老達が「奉加帳」を持って企業を回る。これまでは比較的気心
の通じ易い香港や台湾の企業に「集金人」の足が向けられていたが、最近では日本や欧
米系企業も標的にされている。言うまでもなく、集めた金の使途は常に不明である。工
場立ち上げに何かと便宜を計ってくれたり、トラブル解決に小まめに立ち働いてくれた
りした「親切」に対して、村のイベントに参加したり、地元のリーダー達に感謝する心
構えは必要だが、ヘタをすると彼等に「既得権」を与えた格好になり、特にワキの甘い
日本人は永久に財布代わりをさせられることにもなりかねない。

(C)通関妨害

 輸出型企業の生産・出荷業務は客先との約束に基ずいて、滞りなく発送する必要性か
ら、常に時間との闘いになる。商品の生産は予定通り完了しても、交通事故や自然災害
等不測のトラブルが絶えない中国では、輸送計画が狂うことが多い。すべり込みセーフ
で締切り時刻に間に合わせたような輸送貨物に限って、港湾を司る役所や税関職員によ
る「必要以上に綿密な書類審査」や「審査後回し」等の嫌がらせを受け勝ちだ。「船の出
航日時が迫っているから急いで下さい」とでも言おうものなら尚更足元を見られ、「貨
物を全量検査する、しかも検査実施は翌日か翌翌日になる」等、事実上の「船積中止宣
告」に似た扱いを受ける。これは「紅包=ホンパオ」を出せの意味である。「紅包」は
元々春節や祝い事のある時に祝儀を赤い紙に包んで贈る習慣があり、日本にも昔からあ
る「お年玉袋」のようなものだが、中国ではいつのまにか役所の悪徳公務員に掴ませる
「賄賂包装」の定版と化している。

(D)外資本社表敬訪問

 これは自治体の中級公務員による「たかり行脚」である。台湾へは入国に制限があっ
たことから、これまでは中国へ投資した香港資本の本社を訪問するケースが多かった。
香港では5〜6社を回り、最高責任者と歓談、各企業の持ちまわりで連夜に亘り歓迎の
宴が催される。帰り際にA社からは航空券を負担(に相当する金銭)の申し出があり、
B社がホテル代を肩代わり。C社、D社、E社は面子を立てる必要性から「何か土産で
も」と切り出すと、たいてい「では腕時計を」と来る。安い「セイコークオーツ」と言
う訳にもいかず、3社とも夫々「ローレックス」を贈ることになる。3個のローレック
スは自身で1つはめ、残りの2個は香港で売却、現金を持ちかえるのが普通だ。因みに
香港には新品のローレックスを定価の70%で引取る専門店は、私が知っている所だけ
でも3軒ある。

 日本の企業本社訪問には恫喝めいた「たかり」の手法が用いられるケースがあった。
日本の本社が高収益をあげているにも拘らず、工場進出させた中国の子会社が赤字に低
迷しているような所が狙われ易い。

 中国へ進出した日本企業の殆どが、日本本社から中国子会社への資材供給と、中国子
会社から日本本社への完成商品輸出販売とに本支店間の取引関係がある。資材供給にお
ける「オーバーバリュー」と完成商品輸出における「アンダーバリュー」と言った価格
操作によって、「日本側に利益を落とし、中国側に赤字を強いる」中国の税務当局にと
って看過出来ない状況であることを仄めかす。事実中国では実質的な連結決算税に近い
「移転価格税制」が存在しており、税務当局が勝手に企業の推定利益率や適正取引価格
を問答無用に算定出来る「みなし税」みたいな制度がある。後ろめたい企業にとっては
「みなし税」の適用を行使されるより、「手土産」を包んで招かれざる客が機嫌よく速
やかに帰ってくれた方が安上がりである。

 この「たかり」被害を回避する対策として、中国へ進出する前に香港へ現地法人を設
立、その香港の法人が中国へ投資する形にする。これなら中国の役人から出資元である
香港のトンネル会社の帳簿開示を求められても、被害はローレックス1個程度で済ませ
られ、法的には日本本社の査察にまで発展することはない。これを我々は「迂回投資」
と呼んでいる。

(E)買春5罰

 中国の国際空港に降りて、入国すると直ちに群がって来るのが白タクの運転手達、続
いてヤミドル交換人だ。銀行で通貨を交換するには時間を取られるし、交換レートは常
に銀行より有利だから、ビジネスマンにとってヤミドル屋は便利な存在でもある。何よ
りも、通貨の変動には鋭い動物的嗅覚を備えている人が多いから、先を見通す眼力は二
流のエコノミストより確かで、有益な情報を漏らしてもくれる。日本人が特に標的にさ
れ易く、高級ホテルの周辺に多い客引きは「娼婦」であろう。

 側聞するところによると、時々警察官と提携している娼婦がいる。頃合を見計らって
娼婦は携帯電話でメールを発信、間もなく警官が部屋へ踏み込んで来る。娼婦とその客
は二人共「公序良俗に反する罪」で現行犯逮捕になりかける。すると娼婦の演技が開始
され、泣き叫びながら「お金で解決を!」と客に懇願、全所持金を警官に払って客の罪
は不問、警官と娼婦は連れ立って帰ってくれる。もし金の支払いを拒否した場合、娼婦
はいつの間にか消えてしまうが、客は警察署へ連行され、5つの罰を食らう。それは、

(1)  罪を認めて反省文を書かされる。否定すれば認めるまで1週間でも2週間でも
   留置され続ける。

(2)  略式裁判で罰金約10万円ほど支払うことになる。

(3)  罰金を払えば釈放されるが、48時間以内に国外退去を余儀なくされ、その後
   2年間は入国が認められない。ビジネスマンにとっては致命傷に近い。

(4)  パスポートに「公序良俗に反する罪を犯した人物」のスタンプを押される。

(5)  日本の留守家族に宛てて警察署長から手紙が発送され「再犯を重ねないようご
   家族から本人に言い聞かせて下さい」と伝えられてしまう。

 これらの「厳しい処分」を回避するには、壁の外から友人知人が手をまわし、速やか
に「もらいさげ」をするのが一般的だ。相場としては総額100万円を用意する必要が
あるらしい。少なくとも5ヶ所、党幹部、市長、警察署長、担当警察官、留置場責任者
へ政治献金することになる。とかく外国人は献金の厚さ薄さの加減がよく判らないのと、
不用意に実行すると「贈賄の罪」を被って「二重遭難」になりかねないから、高い手数
料を払って蛇の道に通じた香港人や台湾人を起用するのが無難なようだ。警察署長に金
持ちが多いと聞く。もみ消しする度にかなりの役得が入ってくる立場にあるらしい。

 「聖人君子ではない人々」の間では娼婦のことを「チキン=にわとり」と呼んでいる。
中国ではカラオケクラブの類は大半が「娼婦の館」で、その隠語は「とり小屋」となる。
「とり小屋」は寂れた商人宿ばかりでなく、五つ星を掲げた一流ホテルにもテナントと
して完備されていることもある。公序良俗に反する業種である筈なのに「とり小屋」の
実質的なオーナーが警察署長である場合が散見される。店も客も取締りを免れて長年営
業が続けられている理由はここにある。「懲りない面々」はそこが安全地帯であること
をよく承知しており、警察署長直営の店ほどよく繁盛する悪循環となる。

 これらの他に「姉妹都市提携」や「合法的公金の私的流用」等、白日に曝したい不正
や腐敗は数々あるが、紙面の都合で割愛、稿を改めて書く予定だ。

 1980年、ケ小平は毛沢東時代の平均主義(悪平等)の影響を払拭する為、豊にな
る条件を持った一部の人や地域が他に先んじて豊になること(先富起来)を容認する方
針を打ち出した。この結果個人経営や外資の導入、沿海部の経済成長が実現した。しか
しこれらは「前段」で、外国のマスコミはあまり伝えていないが、先富論には「後段」
があり、「先に豊になった人や地域は遅れを取った人や地域を援助して、全員で豊にな
ること」が謳われている。しかしケ小平が心配していた通り、前段の部分だけを勝手に
「早い者勝ち」と解釈し、好ましくない部分だけが突出して先行。「誠意を信条」とし
て生きる人々に陽の光はあたっていない。我々外国人から見ても「中国で至誠は通用し
ない」とサジを投げた格好だ。中国が崩壊するとしたら、その原因は経済運営の失政で
はなくて、国の指導者が市民から見放されることにあるだろう。
 温家宝首相は就任早々の2003年11月、「危機は目前にあり、矛盾が激化、国民
の不満は爆発しつつあり、大きな社会的動揺と政局の流動化が迫りつつある」と警告を
発した。人々の不満は無届デモや無届集会の形で現れ、2004年には農村地域で毎日
平均200件、都市部では150件も発生していると伝えられている。

 これまでは順調に業績を伸ばして来た外資企業は多いが、彼等は「後退しつつある者
にそれと知らずに依りかかってしまった」だけで、間もなく潮目が変わり、心ならずも
自分達が中国の「生命維持装置」になっていることに気づき、引くに引けない胸突き八
丁にさしかかる。温家宝の警告は「中国が病みきっている」ことを素直に認めた証左に
聞こえる。

生活者主権の会生活者通信2006年01月号/08頁