生活者主権の会生活者通信2005年09月号/11頁..........作成:2005年09月01日/杉原健児

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<中国の現実F>
「中国で不足するエネルギー」

東京都練馬区 板橋光紀

 建築の業界では18階建てより高いビルを「高層
ビル」と定義している。中国・上海の市街地に林立
している高層ビルは現在3000棟を数えると言う。
市街地は東京23区とほぼ同じ位の広さがあり、自
治体としての上海行政区になると東京、埼玉、神奈
川の3都県を合わせた大きさとなる。工場や大型倉
庫はいずれも郊外にあるが、市街地のスぺースに限
界があり、最近では郊外にも巨大なオフィスビルが
建つようになった。市当局によると「向こう5年以
内に着工される高層ビルの建築許可申請は、受理さ
れているものだけでも2000棟ある」との話だ。
上海万博が開催される2010年には上海の高層ビ
ルは5000棟になっている勘定になる。これ以外
に17階建てより低い「普通のビル」が無数にある
ことは言を待たない。因みに東京・西新宿に建って
いる高層ビルは40棟足らずでしかない。    
 上海の緯度は日本の鹿児島市とほぼ同じだが、四
面を水で囲まれているせいか夏場の高温多湿は格別。
日本では夏になるとノーネクタイやノージャケット
を勧めたり、室温を省エネ温度に設定してエネルギ
ーの節約に努めるが、中国では逆で、外来の客に肌
寒い位室温を下げることを一種の「もてなし」とす
る文化がある。夏場の上海で3000棟の高層ビル
がいっせいに「もてなし温度」で電気を使えば電力
不足に陥るのは自明。電気料金も気になるだろうが、
企業にとって頭痛の種は「慢性的な停電」だ。極端
な電力不足により一年を通して操業出来るのは週に
二日、良くても三日と言うところが多い。上海に限
らず経済発展の著しい沿岸諸都市では例外なく電力
不足に悩んでいる。              
 自衛策で、たいていのオフィスビルや工場では自
家発電の設備を備えている。停電になると直ちに当
番の職員が短距離走者並みの速さで敷地内の発電小
屋へ走り、発電機をまわす。発電機の点検と燃料と
なるガソリンの備蓄確認も毎朝の彼等に課せられた
重要な日課となっている。だから石油の消費量も局
地的にうなぎ登りに増える。          
 中国が総石油消費量で日本を追い抜いたのは2年
前の2003年。あり得ないかもしれないが、この
ペースで消費が増えて、石油に代わるエネルギーの
確保が出来ない場合、中国の石油消費量は8年後に
アメリカと肩を並べ、25年後には世界の総石油生
産量である日産8千万バレルを中国が一国で全て消
費する単純計算になる。            
 日本を含めて全ての先進諸国では化石燃料に頼ら
ず、生産効率としては今のところ低位にあるが、風
力、水力、地熱、太陽電池、太陽発電、生物燃料等、
代替エネルギーの開発を急いでいる。しかしながら
中国は経済発展を急ぐあまり、不足するエネルギー
の手当てを残念ながら「原子力」に求める方向へ進
んでいる。中東の産油国が気前良く供給量を増やし
てくれても、ロシアやミャンマーの新油田からパイ
プラインが中国へ敷かれても、日本と喧嘩腰で決着
させて東シナ海の天然ガスを独占出来たとしても足
りないのだから。               
 現時点で中国の原発は5ヶ所に9基の原子炉が稼
動している。1ヶ所で2基を建設中、近々に着工が
決定している所は3ヶ所で6基、2年後に全基が稼
動すると全部で9ヶ所27基となる。これら9ヶ所
の原発は全て経済発展の著しい東シナ海沿岸のせっ
こう省、江蘇省と広東省に片寄って位置している。
27基の内訳は最初の3基が中国製、どう言う訳か
その後は輸入品に切り替えて、カナダ製が2基、フ
ランス製が4基、最後はロシア製が2基で、残り6
基の発注先は未定となっている。このところ日中の
関係が悪化して、各方面から「日本製原子炉導入反
対」の声が強いから、未定分の6基は「日本製」で
はなさそうだ。                
 中国高速鉄道網計画が具体化し、南北路線と東西
路線の各々4本、計8路線12000kmの着工が
近い。今のところ日・独・仏の3カ国が入札参加に
名乗りを挙げている。中国では国家レベルの「買い
物」を外交カードに利用する習性があり、「公人の
靖国神社参拝」が続いている間は「新幹線技術供与」
の仕事も日本へは入ってこないだろう。     
 ロシア製原子炉が他国のものより出力が高いのと、
ロシアは人件費が低いから、多分価格も安いと思わ
れ、それにロシア産原油を優先的に買い取る権利を
得る政治的な必要性から、今後導入する原子炉の多
くが「ロシア製」に落ちつく公算が強い。政府の発
表によると、2020年までに更に27基が必要で、
向こう15年間は毎年2〜3基を完成させるとのこ
と。全自治体から寄せられた「忌憚のない要望」を
集計すると、今から建設したい原発は合計300基
にのぼるとの数字もある。中国大陸が原発だらけに
なってしまう。                
 原発の寿命はせいぜい40年、完璧なメインテナ
ンスを施し続けられたとしても60年しかもたない
と言われる。古くなったら原子炉を解体して新品と
交換する必要があるならば、今後中国大陸では永久
に原子炉の据付工事が続くことになる。     
 「ロシア製原発」と聞けば、被爆国の我々は反射
的に「チェルノブイリ原発事故」を思い出す。チェ
ルノブイリはウクライナの北端、1986年、テス
ト中に4号炉が大爆発し、すぐ北に隣接するベラル
ーシと東隣のロシアを含む82000平方キロ(北
海道と同じ広さ)に放射能の灰を降らせ、5500
0人が死亡、被爆者総数は700万人、ウラル以西
のヨーロッパ総面積の3/4がセシウム137で汚染
された大事故で、現在も半径30km内が立ち入り
禁止となっているようだ。ソ連の崩壊はこの大事故
によって促進されたと言われている。爆発現場の近
くに住む人々に多くの被害者が出たことは想像する
までもないが、問題は風向きの関係で死の灰の殆ど
が隣国のべラルーシとロシアへ降り注ぎ、被害者数
は事故を起こした地元のウクライナよりはるかに多
い犠牲者が「隣国」で出ていることだ。     
 東京から上海へ飛行機で行くと、往きは向かい風
だから3時間ほどかかるが、帰りは追い風だから2
時間前後で成田へ着いてしまう。つまり一年中大陸
から日本列島へ向かって偏西風が吹いている。毎年
3月から5月にかけて、大陸の乾燥地帯で乾いた空
気が砂を舞い上げ、「黄砂」となって偏西風に運ば
れ北九州あたりへ降り注ぐ。2004年の春には東
京地方でも黄砂が観測されたとの報道があった。中
国と日本の位置関係はウクライナとベラルーシに似
ており、中国の沿岸地域で原発事故が発生した場合、
地元中国側の被害は僅かで、死の灰の大半が黄砂と
同じ飛行ルートで風下の朝鮮半島と日本海と日本列
島に降って来るのは間違いない。中国が有人衛星の
打ち上げに成功したからといって、大量のロシア製
原子炉の操作とメインテナンス及び放射性廃棄物の
処理等に長けているとは限らない。       
 現在日本に存在する原発は21ヶ所稼動中が53
基で建設中が4基、着工準備中は12基で合計69
基だ。安全体制は電力会社等の原発運営者を規制す
る経済産業省の原子力安全保安院と、その保安院を
監視する原子力安全委員会、それに原発運営者と地
元自治体との間で交わす安全協定がある。しかし原
発事故やトラブル隠し、劣化ウランの輸送問題や使
用済み核燃料再処理に絡む問題は止むことがない。
日本は「原発のトラブル」に関しては経験豊富。中
国での事故防止は我々に差し迫った重要課題と言っ
てよい。ODAで金銭的な援助を打ち切った代わり
に原発管理のノーハウを無償で提供してはどうか。
 クリーンエネルギーの開発においても日本は先進
国だ。新しい技術を惜しまずに後進の国々へ提供す
べきだ。それらは他国を援助するだけではなく、む
しろ「日本の安全保障」に繋がるからだ。    
 「国境に跨って地下に鉱脈があった場合、一方の
国がストローで吸い上げると、他方の埋蔵資源まで
吸い取られ、盗掘にあたる」。これは湾岸戦争でイ
ラクのフセイン大統領がクエートへ雪崩れこんだ時
に掲げた「開戦の大義」であった。尖閣諸島付近の
「排他的経済水域」を根拠にして最近日本が中国に
対して主張している「抗議の口上」はフセインの論
法と全く同じである。             
 そもそも「排他的経済水域」とは、国連海洋法条
約で言葉が定義されただけのもので、水域の線引き
は関係国の間で合意されたものでなければ決められ
ないことを規定している。しかも「沿岸から200
カイリ」は昔の「漁業専管水域」から出発した主に
「漁業」の話で、12カ国の海洋国家が集まって夫
々が勝手に解釈している「ローカルルール」に近い
ものだ。線引きが関係国の間で合意されていない以
上、インターナショナルなルールとは言えない。ス
イスやモンゴル等12カイリの領海すら持っていな
い内陸の国々は40カ国にものぼり、これら「海洋
不利益国」に対しては入漁料を割り引く等の優遇措
置を講ずる配慮や、船の航行、上空飛行、海底ケー
ブル・パイプライン敷設等、交通通信作業の外国人
に対しては「公海と同等」に扱うことを義務ずけら
れてもいる。                 
 調査船が立ち入ったとか、境界線近くで掘削を始
めただの、跳ねっ返りの民族主義者が魚釣島へ上陸
した類のことで巡視船で追っ払ったり、声高に抗議
して両国関係を緊張させるのは「傲慢」と言うもの
だ。海の無い「海洋不利益国」はアフリカに13カ
国と多い。アフリカでは現在9ヶ所で紛争が起きて
いる。その内5ヶ所は内陸国同士の殺し合いだ。紛
争の背景には食糧難・飢餓がある。       
 日本の排他的経済水域は中国のそれよりも2倍以
上広い。漁業には恵まれた環境にあり、遠洋漁業も
健在で、アジア諸国の漁師に便宜置籍船を買い与え
て世界中から魚を集め、食糧難の北朝鮮からアサリ
やカニまで買っている。3月1日から「改正船舶油
濁賠償保障法」が施行されて境港市や稚内市は壊滅
的だと言う。多分世界中の誰も信じてくれないだろ
うし、海洋不利益国の誰からも同情してもらえない
だろう。                   
 春暁、平湖ガス田が中間線より中国側にあるなら
ば、黙認し、採りたいだけ採らせればよい。中国の
エネルギー自給率アップは日本の国益にも適うのだ
から。中国政府がなりふり構わず世界からかき集め
たエネルギーや資源が、中国へ進出した日系企業へ
供給されるものであると解釈すれば腹も立つまい。

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