生活者主権の会生活者通信2005年09月号/04頁..........作成:2005年09月01日/杉原健児

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不合理「税制」の改革試案

東京都文京区 松井孝司

 現在の日本における税制の出発点は明治の地租改
正である。地租改正は、徴収に不便で且つ不公平な
「年貢」の制度改革であった。年貢は被支配者が支
配者に「貢ぐ」制度であり、理不尽に支配者が被支
配者から収奪する不合理な制度でもあった。
 日本国家の特徴は長期に亙ってTax Eater(支配者)
とTax Payer(被支配者)の階層が二極分化しており、
大化改新以来一時的に二極構造が崩壊したことはあ
ったがTax Eaterが支配権を握る基本構造は殆ど変わ
っていない。地租改正で年貢の不合理は大きく是正
されても、二極構造は官尊民卑の徴税の制度として
温存され、主権在民になった今日でも国民が支持す
る合理的な税制は実現していないのである。
 年貢を納める被支配者は江戸時代には農民が主役
であったが、現在はサラリーマンが農民(小作人)
の代役となっている。財政が苦しくなると権力者は
決まって厳しく年貢を取立て、被支配者を泣かせて
きた。日本は長期に亙る景気の低迷で財政は大幅な
赤字を続けており、サラリーマンに対する大増税が
始まりそうだ。サラリーマンの拠出する血税の多く
がサラリーマンに還元されず、公務員の給与や退職
金に化けていてはかっての年貢と変わりはない。
 江戸時代の農民は一揆を起こしたが、現代のサラ
リーマンは会社人間となって発言せず、直接自分の
手で税金を納めていないため納税者意識が乏しいこ
とが問題だ。サラリーマンに代わって税金を納めて
いるのは「法人」である。法人はサラリーマンの税
金を代納するだけではなく、法人自身の所得にも課
税されている。法人を通じて税金を取り立てるのは、
法人が生身の人間ではなく取り立てが容易だからで
ある。税金は取りやすいところから取る不合理税制
が長期に亙って続いているのだ。これでは所得を再
配分し貧富の格差を是正することにはならない。

■所得課税と年金の一体化:
 憲法に国民の納税義務は定められているが、法人
の納税義務はない。国政への参政権が無い法人から
税を取り立てる根拠はどこにあるのだろうか?法人
への課税は「代表なくば課税無し(No taxation wi-
thout representation)」の原則に反する。貧富の
格差が拡大する原因の多くが資産家や法人経営者の
「不労所得」によるものである。「法人成り」の言
葉があるように中小の法人は個人の節税のために設
立されることが多いが、法人は社会の公器と考える
べきで、蓄財の隠れ蓑ではない。法人の収益は個人
への給与、配当となるよう強制して個人所得を増や
し、個人所得税として課税すべきだ。しかし、納税
「義務」に対して、それに見合う「権利」が保障さ
れなければ、節税を模索することになるのは当然だ
ろう。個人所得税の用途を個人の意思で決める制度
(例えばNPO法人への寄付優遇税制など)を拡大
するか、または個人所得税の納税額に応じた公的年
金の給付を約束すれば、国民は自ら進んで所得税を
納めるようになるのではなかろうか?国民負担の観
点からみれば税金納付も年金負担も変わりはないし、
少子高齢化で若年者の年金負担の増大は耐え難いも
のになると予想される。420兆円の過去債務を持
ち破綻が危惧される現行の賦課方式による年金制度
は廃止して個人所得税を年金の過去債務解消の原資
に当て、個人所得税と年金給付を一体化するのが望
ましいと思う。年金「負担」額以上の高額の年金「
給付」が過去債務を生む原因となっているので、高
額の年金を受給する高齢者は率先して所得税を納め
過去債務の解消に協力すべきだ。所得税と年金の一
体化は、世代間ではなく個人の生涯における所得再
配分である。権利と義務、受益と負担を一体化させ
る施策であり、少子高齢社会になっても合理性を失
うことは無く、公的年金の世代間格差を解消するこ
とにもなる。所得税と公的年金の徴収も一元化し、
国税庁と社会保険庁を統合すれば、大幅な行政効率
の向上が期待できるだろう。
 権利と義務が対応せず課税根拠が薄弱な法人所得
税は廃止すべきだ。法人所得税を廃止しても、上記
施策による個人所得税の増加で、所得税総額の減収
は少ないと期待されるが、企業の国際化で所得の捕
捉は難しくなるし、GDP(国内総生産)が増えなけれ
ば少子高齢化による所得税の減収は避けられない。

■公共財の利用価値への課税:
 所得税に代わり積極的に課税すべき対象は「公共
財の利用価値」への課税である。公共財とは私物化
されると弊害が大きい公共の福祉に係わる有限のリ
ソースで、その代表は土地である。水、空気(酸素)、
エネルギー、電波、通貨も占有を許してはならない
国民共有の公共財だ。
 明治の地租改正は土地への課税であり、土地を課
税対象とすることは正しかったが、土地の利用価値
を正しく評価しなかったため、明治初期
する代わりに、土地に対する執着を断つために高い
税率を課すことが合理的と思われる。地租改正時の
3%の税率なら土地からの税収は年間約15兆円に
なる。従来の土地税制は抜本的に見直し、簡素化す
ると同時に土地の利用価値を正しく評価し、放置さ
れる土地にも厳しく課税して、土地の流動性を高め、
有効利用を促進すべきだ。
 土地の利用価値への課税は現行の資産課税に該当
するが、見方を変えれば公共財の利用料金でもある。
憲法に定めが無くてもすべての利用者が利用料を支
払うことは当然の義務だ。公共財の利用料は法人に
も課税し、赤字法人にも外形標準課税として課税す
べきだろう。資産課税と外形標準課税は統合し、課
税の根拠を「公共財の利用料」とするのである。
 公共財の利用価値(=付加価値)を高め、税収を
増やすことができるようインフラを整備することは
地方政府(広域自治体)の役割だ。地方政府にはイ
ンフラを低コストで整備する効率経営を求めなけれ
ばならない。利用価値の少ない土地は課税額を少な
くすれば、税金を使うことなく民間がインフラ整備
を代行するだろう。水道料金は水利権への課税であ
り、石油・ガソリン税は酸素消費への課税だ。現在
電波利用には課税されていないが、ユビキタス社会
を迎え電波の利用価値はますます高くなる。既得権
を持つ一部の企業だけに電波の占用を許すべきでは
ない。競争入札により、付加価値の高い事業を計画
し、適正な利用料を支払う業者に利用を許すべきだ
ろう。貴重な公共財を特定の利用者に無料開放して
はならないのだ。高速道路を国有化して無料開放す
るような施策は、貴重な課税対象を放棄することを
意味する。営利を目的としない宗教法人からも、土
地を私的に使用する場合は利用価値に応じた利用料
を徴収すべきだ。公共財を多く占用する個人、法人
は高額の利用料を払うことになるので、これを地域
社会に還元すれば貧富の格差是正のために最適の財
源となる。
 公共財の利用価値は個人所得と異なり、少子高齢
社会になっても減ることは無い。公共財に付加価値
をつけることにより、むしろ利用価値は増大する。
日本に投資する法人、日本を訪れる滞在客にも課税
できるので課税の大きな柱にできる。この税収は地
域の自立、産業基盤の整備と生活の利便性向上のた
めに活用すべき財源であり、「地方政府」と「基礎
自治体」が徴収すべき財源である。但し、地方税の
大半が公務員の人件費に消え、過疎地自治体で税金
を納めるのは公務員(Tax Eater)だけという現状は
自分の足を食べて生きるタコ足経済であり持続は難
しい。米国の過疎地には自治体が存在しない地域が
ある。都市への一極集中と少子化で日本でも無人の
過疎地が増えるだろう。居住に適さない山間の危険
地域や過疎地は地方政府の直轄地とし、米国に倣い
自治体を解散する選択肢も検討すべきだ。

■付加価値税による生活保障:
 公共財の利用価値への課税に加えて、法人の売上
に課税する付加価値税(=消費税)がもう一つの柱
になる。付加価値税はヨーロッパ型のインボイス方
式とすることが望ましいと思う。付加価値税は国民
全体を対象とする課税ではあるが実際には法人を通
じて徴収するので、徴収漏れが少なく脱税が難しい
課税とみることができる。憲法に定める国民の納税
義務を徹底するために最適の課税だ。貧富の区別な
く国民全員から徴収する税とみることもできるので、
この税収を憲法が保障する最低限度の生活(=義務
教育、社会福祉、生活保護など)を維持するための
財源に当てれば、全国民の自由意志と相互扶助によ
り弱者救済を実現することになる。
 付加価値税は国内の産業活動が生み出す付加価値
の総和すなわちGDPに対する課税である。国民全体を
対象にする課税ではあるが、付加価値の少ない事業
を営む中小企業にとっては売り上げの一部を拠出す
る税であり、実態は法人の骨身を削る法人税の一種
だ。付加価値税の導入で苦しむのは、消費者ではな
く税務署から取立てを受ける法人である。消費サー
ビスだけではなく生産活動も対象にする課税であり、
国民が直接税務署に納める税金ではないので国民が
錯覚する「消費税」という呼称は使わないほうがよ
いと思う。国家の安全に係わる経費を除き、コミュ
ニティーの生活基盤を支える経費として、この財源
の多くを「基礎自治体」に配分すれば、地元企業の
付加価値が地元に還元されることになる。
 権利と義務が対応する合理的な税制を実現するた
めには、国民の支持が得られる簡素で公平な課税制
度を確立しなければならない。政府は国民の納税義
務の見返りに「国民の生命と財産を守る」ことにな
っているが、アスベスト過を30年以上放置してい
たことからも判るように、これは「ウソ」である。
政府歳出の内容について徹底的な情報開示を求め、
国民の支持が得られない歳出は全廃すべきだ。
 資金循環の観点からみれば、税金は国内外の公的
事業を行うための投資効率の悪い資金の流れに該当
し、増税は国民にも法人にもマイナスに作用するの
で、税金の徴収は必要最小限に止めることが望まし
い。
 自己改革力を失い借金で首が回らなくなった政府
と自治体は、税金で延命させることを止め、破産さ
せた方が国民のためだ。返済不能の1000兆円を
超える巨額累積債務を抱え、財政破綻を目前にする
政府と自治体を救済する立法処置を早急に検討する
必要があるのではなかろうか?
 「道州制」の導入は破綻する政府と自治体を救済
する方策の一つである。国家の安全に係わる権限以
外の行政権はすべて新しく設立する「州政府(地方
政府)」と「基礎自治体」に譲り、政府の巨額債務
の返済と破綻する自治体の救済を州政府に託すのだ。
縦割り行政と既得権に縛られる中央省庁と都道府県
は解体して「中央政府」と「州政府」に再編成し、
公務員のリストラまたは減給を断行することによっ
て「小さな政府」を実現し、合理的な税制によって
地域経済の付加価値を飛躍的に増大させることが日
本再生のために残された数少ない道の一つと考える。

お願い:上記論文に対するご意見を生活者主権の会
「政策提言」<税制改革>フォーラムにお寄せ下さ
い。
 URL>http://www.seikatsusha.org/xoops/

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