生活者主権の会生活者通信2003年02月号/04頁..........作成:2003年01月27日/杉原健児

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2003年の経済政策について
・・・構造改革とデフレ対策

埼玉県所沢市 河登一郎

         <前書き>         
 掛け声倒れの小泉内閣は平成15年度の国債発行高
30兆円以内の公約も抵抗勢力に押し切られて35
兆円と腰砕けになった。与党内の利権集団はさらに
政府支出・特に公共投資の増額を求めて政府批判を
強める方針と聞く。確かに物価・株価・地価・失業
率など景気の厳しい状況を示す数字には事欠かない。
その為か、政府与党や財界だけでなく、マスコミ・
労組・消費者団体さえ、構造改革は一時先送りにし
ても当面の景気対策・ 特に政府支出による需要拡大
への要求が強まりつつある。          
 先日来、私の大学時代からの親しい友人が経済団
体や政府与党に対してデフレ対策を提言しています。
その要旨は、(1) 現在のデフレは深刻な状況で放置
すると恐慌になりかねない、(2) 最大の原因は供給
力に対する需要不足、(3) 従って構造改革は一時先
送りし、(4) 当面の喫緊要件である需要不足を補う
ために政府支出を早急に増額すべし、景気が回復す
れば税の自然増収で国の負債は減る、(5) 但し、公
共投資には利権が絡むからその悪弊は避け新規需要
の誘導に資する方面への投資へ。        
  彼の主張は利権集団や族議員との癒着とは全く無
縁な一経済人としてのまじめな提言ではあるが、私
は自説をベースに大反対している。以下はその事に
関する私の反論です。固有名詞以外はほぼ原文通り。
少し長くなりますが、単なる論文より臨場感がある
のでご参考までにそのまま投稿しました。    
           ☆           
 N殿:前略先日はありがとう。久し振りの「N節」
を中心にした有志との話し合いはそれなりに勉強に
なりました。当日は時間の余裕もなかったので、あ
まり突っ込んだ議論はできなかったが、本件は現在
の日本にとって極めて重要なテーマなので、貴見や
諸兄の意見をも参考に私なりに考え方を整理して見
ました。残念ながら貴見とは大分違いますが、ご笑
覧頂ければ幸甚です。             
                       
1.初めに:現在の日本社会の位置づけ:    
・貴説をコメントする前に、現在の日本を歴史の流
 れの中でどう捉えるか、について私は「制度疲労
 の甚だしい、このままでは持続可能でない社会」
 だと思っている。              
・具体的な事象をあげればきりがないので、貴兄が
 今回主にとりあげた公共事業について云えば、 
 (1)当初の目的を失い、国民不在のまま、利権確保
    のための予算消化が自己目的化した多くの土建
  ・ハコモノ建設の恒常化と、        
 (2)それに伴う談合・斡旋贈収賄が事実上システム
  にビルト・ インされて久しい癒着・腐敗構造の
  中で、百年河清に等しい大臣/議長を含む国会
  議員・自治体首長・議員/秘書/官僚の収賄・
  癒着企業の贈賄による告発・逮捕・ 浪費…。 
・もちろん、現実の社会は純粋培養の世界ではない
 から、時には清濁併せ呑む度量も必要だろうが、
 現在の日本の公共事業の実態が、大型建設工事だ
 けでなく、地方自治体の小さな水道工事に至るま
 で、その過半が利権と癒着・腐敗・浪費の巣窟に
 なっていることは、一部革新団体の反対のための
 反対の次元ではなく、国民全体としてシステムの
 根本を改革しなければならない時期をすでに大き
 く過ぎている、と思っている。        
・元旦の朝日新聞一面トップに現職4大臣の公職選
 挙法違反容疑が報じられていたが、これらが合法
 的に処理されているか否かの問題ではなく、実態
 上の腐敗に底がないことが問題なのである。  
・問題は公共事業に止まらない。税法・税体系の制
 度疲労、年金・医療制度の崩壊、財投方式の弊害、
 郵貯システムの制度疲労、特殊法人・その関連企
 業に関する制度疲労、金融・不動産・廃棄物にか
 らむ裏社会の肥大化、競争原理が働かず与党の集
 票/利権のマシーンに成り下がった全国何万社に
 も上る土建屋集団、環境対策の遅れ、情報開示の
 不徹底、教育現場、選挙制度……言わば現在の日
 本のほぼすべての面で部分的な改善ではカバーし
 切れない制度疲労が持続社会の限界を大きく超え
 てしまっている。              
・もちろん貴兄の主張の中にも、これらのことにつ
 いて触れてはある。しかし「触れてある」以上の
 思いと対策が伝わってこないのが残念である。 
                       
2.私の理解では上記の事を国民大衆は既に充分に
 知っている。                
・国民は貴兄や私を含めて将来を正確に予測できる
 ほど賢くはないが、大きな流れの中で何が本質か
 を漠然とではあるにせよ、見抜けないほど愚かで
 もない。                  
・その意味で民草の過半は現体制の中枢の薄汚れた
 面々をとうに見限っている。残念ながら代るべき
 野党が未成熟なため、改革を声高に叫び族議員と
 は明らかに違った体質を持っているように見える
 小泉に、はかない希望を託しているのだと思う。
 個人的には問題だらけの田中真紀子も鈴木宗男と
 外務省の奇妙な癒着と「隠す体質」を白日の下に
 曝しただけで拍手したい、のである。それは健全
 な市民感覚だと思っている。         

3.前置きが長くなり過ぎた。本題に入りましょう。
 貴見に対する私の批判は二つの面がある。一つは
ケインズ政策に対する一般的な批判であり、もう一
つは公共事業の実態を踏まえたミクロ面からの批判
である。                   
(1) ケインズ政策に対する一般的な批判:    
・これは新古典派(と云うよりマネタリスト)の実
 証研究にもとづく批判である。ケインズ政策の効
 果は、景気循環の波を緩和し、安定的成長を実現
 する、と云う当初の善意の期待に反し、多くの国
 で逆に山を高くし、谷を深める結果になることが
 非常に多い、と云うことである。       
・これを一々検証はできないが、その理由は先日申
 し上げたように、景気の山や谷を正確に判断し、
 「正しい」政策を実施するまでの統計面・政治的
 ・行政上のタイムラグに数年はかかるのが通常で
 あり、一方景気の局面が次の局面に移る期間も短
 期では数年単位だから、ケインズ政策が結果的に
 景気の山を更に高くし、谷を一段と深くする=い
 ずれも経済にとって有害である=ことが多いとい
 う、分り易い理屈と単純な歴史的事実である。今
 回のバブル山の高さと谷の深さも結局は同じこと
 ではなかったか。              
・貴説でもこれから50兆円の政府支出・減税を実行
 するのに3年を予定しておられる(10/11 補足メ
 モ)。一方今回の不況は異例に長期化しているが、
 景気の波が一方向に永遠に続く筈はなく、いずれ
 自動反転の時期が来る訳だから貴案実行の途中で
 自動反転の力と相乗効果生ずると今度は逆に制御
 困難なインフレをもたらす恐れが大きい。   
・逆に、今回の不況が「恐慌」前夜だからまだ続く
 /悪化する状況だとすれば、政府支出の人為的な
 増加は国民の不安感を高め、政府支出増―>借金
 増―>増税・負担増―>自分を守るのは自分=更
 に貯蓄=消費減、となり、この前提下でも善意の
 政策が逆効果になる可能性が高い。景気が回復す
 れば税収の自然増でこの悪循環は回避できると云
 う指摘は正しいが、これだけ巨額のばら撒きが続
 けばいくら表現を変えても狼少年である。   
・貴説では、「公共投資は民間設備投資…を補い、
 GDPの急落を防いだ」とあるが、私は逆に政府
 が無駄な公共投資やウルグアイ・ラウンドのばら
 撒きを抑え、構造改革をもっと進めていれば、消
 費者・企業の不信・不安感はもっと早く解消し、
 消費も投資ももっと増えていた、と考えている。
・いずれにせよ、経済の実態は、政治家・行政・学
 者・産業界が小手先で操作できるほど単純ではな
 い、為政者は現実に対してもっと謙虚であって欲
 しい、と思う。パワー・エリートの行動原理がプ
 チブルのそれでなく、Noblesse Oblige であって
 欲しい、と願う。              
(2) 公共事業の実態面からの批判:       
・田中角栄以来の土建・ハコモノを中心とした公共
  事業の弊害を今更説明するまでもない。(上記、
  参照。一部の例外的現象ではなく、システムの不
 可欠な一部になっている)。         
・世論の高まりにさすがの現政権も2003年度の予算
  では上記の正しい方向を若干は取り入れる方向の
  ようではあるが、族議員のなりふり構わぬ抵抗に
  より、従来の縦割り予算のシェアーは実質的に申
  し訳程度しか変わらないのではなかろうか。  
・産業界が不況打開のため政府支出を増額すべし、
  を叫ぶのなら、(上記ケインズ政策の一般的な批
  判は別として)以下の2 点を絶対条件にすべき、
  と切に願う。構造改革の願ってもない機会と捉え
  るべきである。               
 @支出対象:従来型・土建型・ハコモノ型の公共
  事業はすべて見直すこと。環境保全のための事
  業(環境保全新技術だけでなく、土砂が埋もれ
  て洪水の原因になったダムの破壊=自然再生の
  視点が重要)、新しい産業への誘導、官―>民
  への移行に伴う一時的支出、雇用対策、教育・
  情報化など。但し、下記とのセットでないと形
  を変えた利権・癒着が必ず発生する。    
 A支出の方法:談合の絶対禁止、斡旋利得の禁止、
  公正でオープンな外国企業を含む公開入札、競
  争条件の貫徹、情報公開の完全実施など実行面
  での大幅改革。              
(3) その他の反論:              
 いくつかあるが、細かい議論をしてもきりがない
ので、一つだけ大事な点を指摘したい。     
 それは貴説のうち「構造改革は供給力を増すから
デフレに利かない」は正しくない。構造改革は合理
化が極端に遅れた分野のコスト引下げを通じて、純
輸出(輸出増―輸入減)をふやし、消費者と企業の
不信・不安を減らす事により、政府支出以外のGDP 
を引き上げる効果が大きい。目先の対応のために正
しい政策を先送りする姿勢はもう卒業したい。  
                       
4.以上のように、貴説と私見とのギャップはかな
 り大きい。                 
(1) 貴説は日本経済の現状を心配した真剣な提言だ
 とは思うが、利権集団・族議員が泣いて喜ぶ効果
 がある。心配しているのは政官財だけでなく、一
 面ではマスコミも消費者も労組も喜ぶ、貴殿の表
 現を借りれば「俗耳になじみ易い」効果があり、
 私はそれを危惧している。          
(2) 私には貴兄のような「華麗な人脈」には欠ける
 かもしれないが、憂国の志を共有できる政官財市
 民を含むネットワークには事欠かないので、私な
 りの方法で、私見を伝えて行きたい。     
(3) どちらが正しかったかはあの世に行くまで分ら
 ない、かもしれない。それとも囲碁で決着をつけ
 る手もある。                
                       
5.最後に、GeorgeW.Bushについて:     
・本件と直接関係はないが、当日、貴殿が「経済政
 策に関してBushはやるべきことはやっている」趣
 旨のことを云われたが、私はBushと云う男は経済
 (含私益)のためにはもっと大切なこと(環境や
 人命さえ)を平気で犠牲にできる悪大名だと思っ
 ています。イラクの体制に問題があるにせよ、戦
 う意志も能力もない・差し迫った具体的な危険も
 ない相手を一方的に爆撃し、無辜の国民を殺傷す
 る国を、経済政策が正しい(とは思わないが)か
 らと言って貴殿は本気で支持できるのだろうか。
・そのことを私が1 年以上前に書いた小文「George
 W .Bush:この単細胞で野蛮なエコノミック・ ア
 ニマル」を同封します。この時の見方は今でも正
 しい、と思っています。           
・序でに、この号では田中秀征著「舵を切れ」の書
 評も私が書いた。本論にも関係あるのでご一読頂
 けると有り難い。              

 以上、簡単に整理するつもりが、書き出したら熱
が入って長くなってしまった。意のあるところは読
み取って頂けた、と思います。         
 最近、環境問題に、草の根運動と政策提言の両面
から私なりにかかわっていると、人口爆発中・途上
国の経済急成長中の我が地球号が持続するためには、
その資源の有限さと環境面の制約から、少なくとも
感覚的には物量の増加を伴う経済成長そのものを否
定すべき、とさえ思います。この点はまだ理論構成
が不充分なので今後のライフワークにしたい、と思
っています。                 

生活者主権の会生活者通信2003年02月号/04頁