生活者主権の会生活者通信2002年11月号/10頁..........作成:2002年11月23日/杉原健児

全面拡大表示

「非常事態対応省」の創設を(1)

練馬区 板橋光紀

 ブッシュ米大統領が国防総省の既存部局の一つで
ある本土防衛局を格上げ独立させて「本土安全保障
省」を創設する議案を議会に提出、先月この議案が
原案通りの内容で下院を通過したとの報道があった。
上院では多少揉めているらしいが、多分若干の修正
で可決されるだろう。国民の誰もが予想だにしなか
った大事件とはいえ、昨年の9・ 11同時多発テロ
への対応には、特に行政に係る役所を始め、市民の
間でよほど当惑、混乱したものと推察される。この
本土安全保障省の役割は、非常事態が発生した際に
命令系統を一本化し、中央省庁間及び地方自治体間
の調整を行うものとなっている。日本の縦割行政ほ
どひどくはないだろうが、役所間の「越権行為」と
か「ゆずり合い」や「押しつけ合い」によって対応
の遅れや不適切な処置があって被害を拡大させ、混
乱を長引かせた等の反省材料が続出、危機感をつの
らせたに違いない。              
 ドイツの「非常事態省」の場合は国境警備隊が母
体となって組織されている。数年前テロ集団による
ハイジャック事件が発生した際に、特殊な訓練を積
んでいた国境警備隊チームが突入して手際よくハイ
ジャック犯を鎮圧、人質の被害を最小にとどめた実
績が買われたのであろう。           
 去る7月2日南部ユーバーリンゲン近郊でモスク
ワ発バルセロナ行きロシアバシコルトスタン共和国
のツポレフ154型旅客機とバーレーン発ブリュッ
セル行きベルギーのボーイング757型貨物機が空
中衝突、50人にのぼるロシアとベラルーシの子供
達を含めた69人の犠牲者を出す大惨事が発生した
のは記憶に新しい。墜落地点がドイツ領内であった
こともあろうが、犠牲者の救出作業や事後処理には
「非常事態省」が出動している。この悲劇に関する
短い記述の中に事故に関係する国名が9ヶ国も出て
来る。墜落現場に近い消防署や警察、村役場の職員
から多くの市民達が駆けつけて救助活動に加わった
ものと想像できる。衝突原因がスイスの航空管制官
のミスによるものであることが特定されたのはドイ
ツの非常事態省の発表で判ったことだが、それは事
故後10日も経ってからのことである。つまり非常
事態省はこの事故が、テロによるものか、戦争行為
なのか、人災なのか天災なのか、パイロットの操縦
ミスであろうと飛行機の故障であろうとなかろうと、
大事故や大災害にはいかなる原因であろうとも、判
明するしないに拘らず直ちに駆けつけて指揮し、事
態の収拾にあたるシステムになっているものと考え
られる。                   
 ドイツには「有事」に対応する主なシステムとし
て三つの柱がある。それは           
                       
@軍隊による加害者への軍事的対応。
 憲法では国家が果たすべき最重要任務が国民の生
命、財産の保護にあるとし、国民が危機に直面する
有事においては、そこから生じる被害を最小限に食
い止める事が肝要であり、また国民はこうした保護
を国家に求める権利を有することが謳われている。
同時に軍隊を設置し、成人男子に防衛役務義務(徴
兵制)を課することが出来ることになっている。 
 ドイツでは10の外国と国境を接しており、特に
東欧の2ヶ国と長い国境線をはさんでいる関係で、
ソ連が健在であった時代の軍隊による国防態勢は大
掛かりなものであった。25年も前のことではある
が、チェコスロバキアとの国境近くにあるNATOの機
械科部隊の基地を訪問したことがある。準戦時態勢
とのことであったが、米軍と西ドイツ軍が役割分担、
基地全体が緊張感につつまれていたのを記憶してい
る。                     
 ソ連が崩壊した10年前からは私自身の目では見
てないが、ドイツの友人によると軍隊のあり方が大
きく様変わり、国境近くの哨戒はテロリストや不法
入国者と難民を取締る国境警備隊が主役となってい
る。かつて50万人も居てNATOの中核でもあった軍
隊の出番は年々少なくなって、兵員数も大幅に削減、
今では20万人以下となりもっぱらPKO 、PKF への
参加要員と化している。            
 それとても国連、NATO、EU、全欧安保協力機構な
どへ加盟していることから、他の国々との共同歩調
をとる必要があり、たとえドイツの法律で許されて
いても軍隊の投入は余程のことがない限りドイツ人
自身で決められない場合が多いのが実情のようだ。
                       
A行政による非軍事的機能により市民を保護する。
 憲法で成人男子に9ヶ月の防衛役務(徴兵制)が
義務づけられているが、同時に良心的理由による戦
闘役務の拒否が認められている。戦闘役務の拒否が
認められるには、代わりに7年間という長期間に亘
り市民保護や災害救助員、防災活動の指導要員等非
軍事的代替役務に従事することが義務づけられてい
る。                     
 ドイツは連邦共和国で、ベルリンの壁が崩壊する
以前の西ドイツは8つの州と3つの特別市で連邦を
形成していた。(崩壊後は東ドイツ側6州が加わっ
て14州となっている)当時の西ドイツの人口は7
000万人強だから、1州当り平均人口は1000
万人弱となる。歴史的な背景や各州のおかれた各種
の特殊事情もあろうが、地方分権を効率よく運営す
るには地方自治の人口単位は1000万位が適当ら
しい。日本のように47もの都道府県にわかれ、さ
らに3000を越える市町村に細分されていると、
各自が勝手に中央政府の援助を得たり、得られなか
ったり、自治体と地元出身政治家の手腕次第で市民
保護の態勢に大きな格差が生じ、それらのほとんど
がチマチマした不充分なものにならざるを得ない。
少なくともテロ、環境、原発事故対策、水やエネル
ギーの確保、人的物的資源の調達、観測、警戒網完
備等の面でも1000万人程度のコミュニティー単
位で立案、実行すべきだろう。         
 ドイツの非常事態省の統轄する非軍事面での防衛
態勢は有事の際全所官中央官庁と地方自治体のみな
らず、各種団体や市民個々へも命令を出せることが
法的に裏打ちされている。この「命令」は軍隊から
発せられるのではなく、「非常事態省」という役所
の名前で出されるところがミソである。このドイツ
型非常事態への対応方式を是非日本でも取り入れる
べくシステムの構図を後述する為、重複するからこ
こでは省略する。               
                       
B市民の自発的活動により被害を最小に喰い止める。
 ドイツには大昔から日本で云えば「青年団」のよ
うな組織があり、今も尚健在である。法律で決めら
れているわけでもなく、役所から促されているわけ
でもないのに、成年は15歳位に達すると、まるで
自分が生まれながらに運命づけられたかのように青
年団での活動に参加していく、一種の「文化」のよ
うな習慣がある。自発的な純粋のボランティアだか
ら、活動に対して見返りは一切ない。全国の都市部
にはもちろんのこと、農村部にも必ず存在し、コミ
ュニティー毎地域の自己防衛活動を続けている。グ
ループ間の横の連係はほとんどない。少々手荒な行
為があっても正義感に燃える彼等の行動を警察が見
て見ぬふりをしたり、世間が容認する風調がある。
 悪徳商人を見付けると大勢で店へ押しかけ、店主
を吊し上げたり、店主が彼等の抗議を無視でもしよ
うものなら、危険な商品を棚から引き下ろして表通
りへ放り投げる光景も目撃したことがある。若い者
のすることだから時には悪質な人物を村八分にする
等の私刑めいた行為が発生したり、目標が変形、先
鋭化してネオナチのようなグループに変身する危険
性もあるが、違法性が明確になれば当局は徹底して
取締りに出るし、彼等を擁護、支援する政党を非合
法化するなど健康的なバランス感覚も機能している。
ドイツ人は概して几帳面だから、軍隊の行動規範の
みならず、小さな市民の行為に到るまで、あれはよ
いがこれは駄目といった具合に細々と法律で規定し
ている。しかし世の中は急速に変化してしまい、可
不可、を法律で線引き出来ないケースもあるわけだ
から、「コミュニティーの安全」を錦の御旗に掲げ
た彼等の判断と行動には重みがある。      
 市民による自発的な救援団体は各種あるが、中で
もドイツで特筆すべきは「教会」の存在であろう。
国民の90%がクリスチャンである。国の手厚い保
護を受け、その存在が公私共に認められている団体
として名高いものに、ドイツ赤十字社、労仂者サマ
リア人連盟、ヨハネ騎士修道会事故救済団、マルタ
騎士修道会救済団等が挙げられる。元々ヨーロッパ
の教会には、巡礼する信徒を宿泊させるために、ど
の教会にも簡素ではあるが多くの宿泊設備が整って
いる。どこの国でも大災害が発生した際に公的機関
だけで十分な早期救助活動を実施することには無理
がある。往々にしてパニックに陥りがちだ。職場は
頼りにならないし、役所は多分大混乱だろう。そこ
で人々は家族そろって「教会」へ走る。教会へ逃げ
込めさえすれば、そこには人々のために祈り、冷静
に判断、アドバイスしてくれる牧師や神父が居る。
応急の宿泊や簡素な食事も得られる安心感があるか
らだ。駆け込み寺とはまさにこのことを言うのだろ
う。拝観料を支払わなければ敷地へも入れてもらえ
ない京都の寺とは雲泥の差がある。非常事態が発生
した場合、当然の権利として国や自治体に保護を求
めるべきだが、同時に市民一人一人は平時から自己
防衛の方策を確保しておくべきで、また当局はこれ
ら市民の自己防衛行為を妨げることがない。   
 で、いずれもその形体は著しく異なるものである
が、表裏一体、相互補完的な関係にあり、「有事」
には三者の適正なバランスの下に総合的市民保護の
措置が講じられねばならないとの考え方に立脚して
いる。三者のうちどれか一つでも欠けてはならない
し、またどれかが突出し過ぎても十分な対応機能を
発揮させることが出来ない。そこで、三者を調整、
統轄する国の機関「非常事態省」を設置、大権を与
えて危機管理を負託している。    

生活者主権の会生活者通信2002年11月号/10頁