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━━━生活者通信メルマガ版━━━ 平成27年5月1日 Vol.128 ━

放射線の風評被害と科学リテラシー

                       生活者主権の会 松井 孝司

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非科学的な「放射能」という言葉

 東日本大震災に伴う福島第一原発の事故終息を難しくしているの
は放射線に対する恐怖である。放射線を恐れ核エネルギーから逃げ
ていては火を見て逃げる動物と変わりはない。火もまた連鎖反応で
燃え広がり赤外線という放射線を放出するエネルギーである。多く
の国民が放射線の正しい知識を持たず、科学リテラシーを欠くメデ
ィアの報道が放射線への恐怖と風評被害を拡大しているのだ。

 放射線の風評被害を払拭するには国民が放射線のリスクとメリッ
トについて正しい知識を持たねばなければならないが、正しい知識
の普及に障害になるのが「放射能」という言葉である。メデイアが
エネルギーの存在形態の一つである放射線を「放射能」と書き換え
リスクの正体を不明確にしてリスク・ゼロを求めることが風評被害
の元凶になっているように思う。放射線のリスクを回避するために
は「放射能」ではなく、放射線を放出する「化学物質または機器類」
を明確にして規制しなければならない。

 「放射能」という言葉が原子炉と結び付く契機になったのは原子
力船「むつ」の「中性子」漏れ事故であった。1974年9月1日、我が
国初の原子力船が完成し原子炉の出力を上げた時、高速中性子が遮
蔽体の隙間から洩れるストリーミングと呼ばれる現象が起こり警報
ブザーを鳴らした。事故の原因は設計ミスであり中性子の遮蔽は容
易で大騒ぎをするような事故ではなかったのに一部のメデイアが
「中性子」を「放射能」と書き換え「放射能漏れ」と大きく報道し、
科学リテラシーの乏しい記者が使用した言葉が今日まで生き残るこ
とになってしまった。

 原子力船は「放射能」事故を起こすとする悪いイメージの影響は
大きく造船大国の期待を担ったプロジェクトも開発費1200億円の税
金の無駄遣いで終わった。

 高速増殖炉「もんじゅ」の事例でも見られる原子力事業体と行政
の事故対応の拙さはこの時始まったといっても過言ではない。今日、
再び不正確なメデイアの報道が黙認され、税金の無駄遣いに終わっ
た原子力事業の失敗の歴史が繰り返されることになりそうだ。メデ
イアが「放射能」という非科学的な言葉で恐怖を拡大し、風評被害
を拡大しているからである。

 福島第一原発が大事故となった原因は原子炉を循環する水の化学
反応によるもので電源喪失による水素爆発を防止できなかった設計
ミスである。電源喪失からいち早く回復し千年に一度の大地震と大
津波に遭遇しながら大事故にならなかった福島第二原発の事例に学
ぶべきだ。
 メデイアが多用する「放射能汚染」という言葉は多くの場合「放
射線を放出する化学物質(以後「放射性物質」と略す)」による
「汚染」を意味することが多いが、放射性物質は核種により半減期
や人体での体内動態が異なり、そのリスクも大きく異なる。

 「放射性物質」は環境を汚染し、人体に取り込まれるとさまざま
の疾患や臓器障害の原因になる。リスク回避のためには除染しなけ
ればならないが、福島第一原発の事故はソ連のチェルノブイリのよ
うな原子炉の爆発とは異なり、大部分の放射性物質はメルトダウン
した核燃料とともに固まって原子炉内に残り、水素爆発で破損した
原子炉の隙間から水とともに漏れ出る放射性物質も原発構内に留ま
っている。環境を広範囲に汚染することになったのは原子炉稼働後
に増設されたベント管から放出された放射性物質で、遠くまで飛散
したのはヨウ素131やセシウム134、137である。ヨウ素は半減期が
短いため除染の必要はなくなっており、除染の対象になるのはβ線
(=電子)を放出するセシウムである。

 「放射線」は宇宙の誕生とともに存在し、陽子、中性子、電子ま
たは電磁波のかたちで空間を移動するエネルギーの塊である。宇宙
線や太陽光も放射線であり、そのリスクは一過性で放射性物質のよ
うに環境を汚染せず、人体に蓄積されることもない。リスク回避の
ために強い放射線は遮蔽する必要はあるが時間の経過とともにかた
ちを変え、跡形もなく消滅する。電磁波には波長が長い赤外線や波
長が短く電離作用を有する高エネルギーの放射線が含まれ、波長に
より人体に対する影響が異なり、同一波長でも線量率によりその影
響は大きく異なる。

 広島の原爆で亡くなった人の殆どは赤外線による焼死である。赤
外線は人体に吸収されやすく短時間に大量の赤外線を浴びれば即死
するが少量の赤外線は健康の維持に不可欠である。放射線のリスク
とメリットは表裏一体であり、使い方を誤ればリスクをもたらすが
安全な使用方法を確立できればメリットを享受できる。メデイアや
偏見を持つ一部の団体が放射線のリスクを過大に評価して恐怖を煽
り国民に心理的不安を与えるのは犯罪的行為である。近年、極微量
のバイオマーカーの変動を簡単に測定できるようになったので波長
が異なる放射線の人体に対する影響を分子レベルの変動から科学的
に論証することが可能になるだろう。


福島第一原発の事故対策について

 費用対効果の観点からみて愚策と思われる典型的な事例が原発事
故による避難指定地域の除染事業と原子炉から出る放射性汚染水の
処理である。

 科学者を代弁する中西準子氏は著書「原発事故と放射線のリスク
学」(日本評論社刊)の中でリスクのトレードオフを受け入れ除染
目標を出すことは「清水の舞台から飛び降りるような気持ち」と述
べているが、汚染地域の人口密度にもとづき除染の費用を試算する
と一人当たり1000万円から7000万円になり、被害総額以上の巨額の
除染費用が投入されても満足な除染ができる保障はないという。

 愚策がまかり通るのは多くの人が放射線に無知で実現不可能のリ
スク・ゼロを求めるからである。放射線はどんなに少なくても危険
と考えるLNT(直線しきい値なし)仮説が今なお健在で一部の研究者
を除き多くの原子力関係者もこの仮説を容認している。生物、医学
関係者なら生物現象は非線形であり、生体は恒常性を保とうとする
ため状態の変化に抵抗する閾値をもつことを容易に理解できるが、
物理、工学関係者には直線的思考がなじみやすいのかも知れない。

 福島の放射性物質による汚染が疑われる地域で甲状腺がんの大規
模な調査が行われ多くの悪性がん患者が発見されたためメデイアは
大きく報道した。甲状腺がんの患者数が予想外に多いことは驚きで
あったが、甲状腺がんの症状から健診を行った医学関係者は放射線
のリスクとは考えていない。放射線の被ばく線量はゼロではないが
危険閾にないことを知っているからである。

 福島第一原発構内の当面の難題は放射性汚染水の処理だろう。ト
リチウムを含む汚染水を海に放出できず1000個の巨大なタンクに貯
めつづけているのはトリチウムの安全性を説明できないからである。
しかし、科学的知見からリスクの推定は可能だ。

 自然界には膨大な量のトリチウムがすでに存在する。トリチウム
は原子炉だけではなく宇宙線に含まれる中性子によっても生成し、
地球上の総量は127.5京ベクレルになるという。トリチウムから放出
されるβ線のエネルギーは小さく人体に含まれる放射性カリウム40
が放出するエネルギー量の1/100程度である。トリチウムの半減期
は12.32年であり、体内動態は水と等しく体外に排出されやすいので
リスクの少ない放射性物質に属する。イギリスの核燃料処理施設を
有するセラフィールドなどで年間2500兆ベクレルのトリチウムを海
に放出しているが近隣住民の健康被害は立証されていない。

 1963年に大気圏での核実験が停止されるまで核保有国による陸上、
洋上の核実験でトリチウムを含む大量の放射性物質が大気圏に放出
された。雨水にも100ベクレル/リットルのトリチウムを含んでいた
ので当時の人類は日常的に放射性汚染水を浴びていたと推定される
が、1950〜1965年に日本人の平均寿命は大きく伸びているので放射
性物質の環境汚染によるリスクは許容範囲であったと考えられる。

 1966〜2003年の調査では原爆被ばく生存者の免疫機能と発病リス
クの線量依存性が明らかになった(Int.J.Radiat.Biol.84:1-14参照)
とされる。被ばく40年後のデータを再検証することはできないが、
低線量では個人差が大きいと思われる。癌やリウマチ疾患を有する
免疫異常の患者を対象に個人差、生活環境に配慮した疾患別の臨床
プロトコールを用意してボランテイア(私は率先して応募する)を
募りトリチウム汚染水を経皮投与するか、またはセシウム汚染地に
長期滞在してCRP、IL-6などの炎症マーカーやp38MAPキナーゼなどの
ストレス応答たんぱく質の変動を調べれば低線量の放射線が免疫機
能にどのような影響を与えるかを科学的に検証できる。癌の転移抑
制やリウマチ症状の軽減など人体の免疫機能に対して有益な効果を
示す放射性物質の投与方法と放射線量が立証される可能性もある。

 除染事業予算の一部を放射性物質の臨床試験にも充当し、β線を
放出するトリチウムまたはセシウムのリスクとメリットの上限と下
限の閾値の存在を証明できたら電離放射線の人体に対する安全閾の
予測も可能になる。

 低線量放射線の有益な臨床効果が立証できれば破損した原子炉が
放出をつづける熱(=赤外線)と処理に困るトリチウム汚染水は湯
治のためのラジウム温泉に代わる放射性人工温泉の貴重な医療資源
に変わるかも知れない。

 核エネルギーの真実を究明することによって、放射線にはリスク
を凌駕するメリットがあることを科学的に証明できれば原子力エネ
ルギーに対する国民の恐怖心も払拭できるのではないか?


参照:放射線の風評被害を払拭せよ!(生活者通信メルマガ版119号)
    http://www.seikatsusha.org/merumaga/101-120/vol-119.htm


「著者・松井孝司氏関連のHP」
「市民が創る日本再生のシナリオ」
http://www2u.biglobe.ne.jp/~shimin/saisei/
「21世紀のライフスタイルを考える会」
http://www.jstyle21.net/
http://www.seikatsusha.org/ne/ma/


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−「創刊号」 2005年01月01日発行−
≪2005年05月01日現在読者数:1342名≫


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