新型コロナウイルスのリスクについて 

 

東京都文京区 松井 孝司

 

PCR検査よりウイルス感染重症化の早期診断を!

 

予期されたことではあるが地球上で人口密度の高い北半球の寒冷化で変異する新型コロナウイルスの冬季の感染再拡大がみられる。空気が乾燥しウイルス分子が安定化する冬場にはウイルスの感染力が高まり、低温で人体の免疫力も低下するので例年インフルエンザで見られるようにウイルス感染拡大のリスクが高まる。

 

2021年1月8日から2月7日まで首都圏の1都3県に、1月13日には栃木、関西圏、中部圏、福岡の7府県を加えて再度緊急事態宣言が発令され、首都圏の1都3県では期間がさらに1か月延長されて3月7日に終了予定であったが3月21日まで延長されることになった。感染のリバウンドを阻止するための期間延長とされるが延長しても変異するウイルスの感染再拡大のリスクが無くなることはないだろう。

コロナウイルス陽性者数は1月初旬にピークを示した後、激減しており日本国内の感染は宣言を発令する前にすでにピークアウトしていた可能性がある。なぜ宣言前の緩い規制でピークアウトが始まったのか?その理由は人々の行動自粛ではなく、PCR検査の増幅回数(Ct値)の変更、または土着コロナウイルスに対する交差免疫のウイルス再感染によるブースター効果である可能性が大きい。エビデンスにもとづく政策決定をするためにPCR検査と並行してウイルスの遺伝子変異と感染による抗原、抗体(特にIgG抗体)の変動に加え、免疫記憶を担うT細胞の機能変化(T細胞で発現するたんぱくの変化)も追求すべきであった。

 

2020年12月27日、羽田雄一郎参議院議員が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)で急逝された。COVID-19の最大のリスクは新型コロナウイルスの感染よりウイルス感染の重症化である。

PCR検査が早ければ助かったとする意見もあるが、PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)は微量の遺伝子を増幅するための手段であり、ウイルス感染の病状を診断する検査ではない。コロナウイルスの伝播状況を調べる疫学的研究には有効な手段であるがCOVID-19治療には無力な検査方法である。

COVID-19の致死率を下げるためにはPCR検査ではなくパルスオキシメーターによる血中酸素飽和度の測定とCT(コンピューター・トモグラフィー)による胸部画像診断による感染重症化の早期診断を徹底すべきだ。

コロナウイルス感染の重症化には感染初期のインターフェロン応答の年齢差や男女差が関わっている可能性が高く免疫反応の個人差に依存することが判明している。インターフェロンはウイルス感染で発現する抗ウイルス作用、免疫増強作用をもつたんぱくであり、コロナウイルスの増殖を抑制するが人体への感染受容体になるACE2(アンジオテンシン変換酵素2)の発現も増加させるという。

 

感染重症化でみられるサイトカインストームによる免疫暴走はインフルエンザなど他のウイルス性呼吸器疾患でも見られる病態であり、血管炎症にもとづく呼吸不全や血栓症対策は経験豊富な臨床医には対症療法が可能な免疫疾患である。

COVID-19の診断と治療については新型コロナウイルス感染症COVID-19診療の手引き(第4版)に詳細が記載されているが、治療薬に関してはレムデシビル、デキサメタゾン、トリシズマブ(商品名アクテムラ)、ファビピラビル(商品名アビガン)の用法、用量が掲載されるのみで治療の目的を達成するには不十分である。世界の各地で実施されている治験のデータを収集、検証し、有効性が確認された治療薬の早期収載を期待したい。

 

上久保靖彦京都大学教授によれば日本では2019年にインフルエンザとコロナウイルスS型の同時流行があり、2020年1月にはK型が流行したため武漢G型にもT細胞による免疫記憶が成立しており「日本ではすでに集団免疫が達成できている」とする興味深い仮説を提出された。(上久保靖彦、小川栄太郎対談「ここまでわかった新型コロナ」WAC BUNKO参照)

宮坂昌之大阪大学教授は近著の「新型コロナ、7つの謎」(講談社ブルーバックス)で集団免疫説を前提となっているインフルエンザウイルスと新型コロナウイルスの「ウイルス干渉」には時期の推定に無理があるとして否定されている。

上久保靖彦教授の集団免疫説はウイルス干渉を前提にした仮説であり、ウイルス干渉の真偽を検証しなければならない。注目すべきはウイルス分子が安定化する冬場になってコロナウイルス陽性者が激増したにもかかわらず、インフルエンザの感染は激減し死者も減少して日本国民の超過死亡者数が前年に比しマイナスになったことである。

 冬季になってCOVID-19の感染が拡大するのにインフルエンザの感染が激減する現象は南半球でも観察された事実であり、ウイルス干渉は普遍的な現象とみてよいと思われる。

 

 

Withコロナ時代のライフスタイル−自然との共生−

 

なぜウイルス干渉のような現象が生ずるのだろうか?インフルエンザウイルスとコロナウイルスは人体への感染受容体が異なるため競合関係にあることを立証するのは疫学的なデータだけである。

ウイルスを生物とみなすことができればウイルス干渉は細菌類の菌交代現象に似ており、ウイルスの変異と人間社会の環境変化の結果と見做すことができる。

ウイルスの相互作用を考察するには生物と環境との相互作用を研究対象とする生態学的考察が有用と思われる。

 

ウイルスにとって宿主は人体であり、人体がウイルスの環境になる。コロナウイルスはRNA(リボ核酸)とたんぱく、膜脂質で構成される分子の集合体である。人体もウイルスと同様分子の集合体であり、自然界では分子の離合集散を繰り返しながら遺伝子変異による分子進化をつづけてきた。コロナウイルスの変異が早いのはウイルスRNAが一本鎖のためコピーミスによる変異が起りやすいからである。分子進化の過程で人体には変異したウイルス遺伝子が大量に潜り込んでいると推定される。

 

ダーウインの進化論によれば地球上に現存する分子はウイルスも人体も自然淘汰により選別された結果であり、環境に適した分子の集合体のみが生き残ってきたと考えられる。

自然淘汰で生き残ることができるのはウイルスと人体の間に相互依存性(相補的関係)が成立している場合であり、ウイルスの人体への感染も分子の立体構造がカギと鍵穴に例えられる相補的構造を持つ場合に限られる。

ウイルス干渉はこの分子間相互作用に自然淘汰が働いた結果と推定され、人体への感染に成功し人体と共生できるウイルスのみが生き残ることになる。

 

人体へのウイルス感染には分子の立体構造が重要であり、アルコール消毒が感染を抑えるのはアルコールがウイルスの脂質膜を溶かし立体構造を崩すからである。

人体内の免疫反応でウイルスの抗原たんぱくと人体の抗体たんぱくが結合する場合も立体構造が重要であり、抗体に善玉と悪玉が存在するのはたんぱく分子の構造と結合力に相異があるためと推定される。

抗体の結合力が弱いとウイルス感染の防御に役立たずウイルスの立体構造を温存することになり抗体が自己免疫反応やADEの原因になる可能性もあり変異し易いRNAウイルスに対するワクチン開発を難しくしている。

人体のコロナウイルスに対する免疫反応には今なお不明なことが多く感染のリスク解消には人体の免疫応答に期待するワクチンだけに頼らずウイルス分子の増殖を抑制する抗ウイルス薬の開発も急ぐべきだ。

 

 インフルエンザには予防と治療のためのワクチンと抗ウイルス薬が存在するのに毎年冬季になると決まったように流行が繰り返され感染を止めることはできていない。インフルエンザウイルスの繁殖に適した人体という環境が存在するからである。

インフルエンザウイルスよりコロナウイルスが環境に適していればコロナウイルス感染が今後インフルエンザにとって代わる可能性がある。

 

インフルエンザやCOVID-19の感染がパンデミックとなるのは人間の都市への集中がウイルス繁殖に絶好の環境を提供するからであり、過密な人間集団の環境が存在する限りウイルスは遺伝子変異を繰り返しながら何年でも生き残る。

生物は遺伝子を運ぶための生存機械であることを主張するリチャード・ドーキンスの見解に従えば利己的遺伝子に支配される生物世界の中で人類はミーム(文化・知識)という新たな自己複製子を集積してウイルスとの戦いに挑むことになる。

 

欧米の事例でみられるようにロックダウン(都市封鎖)を繰り返してもウイルス感染のリスクはゼロにはならず、ウイルスが変異するたびに感染再拡大は繰り返されるだろう。

新型コロナウイルスの感染拡大で東京への一極集中の流れが変わり東京からの転出が増えていることは歓迎すべきことである。

パンデミックを阻止するには過疎地への人口流出を促進し、居住区の人口密度を下げる政策が重要になる。ライフスタイルを変更してテレワーク、オンライン会議、遠隔診療、遠隔教育などデジタル技術で作業効率を向上させ同時に体力を落とさないように健康を維持する環境も欠かせない。

日本では秋田、鳥取、島根県のような過疎地域のCOVID-19による死者は年間10人以下で致死率も低い。致死率が低いのは低人口密度以外に生活習慣と人体の免疫力や食環境による遺伝子発現の相異など多くの環境要因が考えられる。

人体の遺伝子を取り換えることは容易ではないが人間社会の環境は変えることができる。

太陽光や森林浴が自然免疫を増強することが知られており、普遍的な自然の摂理に合致した「自然との共生」がWithコロナ時代のライフスタイルになるのではないか?