東京大改革への具体策提案

東京都文京区 松井 孝司

 

地震大火災の新たなリスク

 東日本大震災が「東北でよかった」とつぶやき今村前復興大臣は辞任することになったが、今村氏が言うとおり大地震が「首都圏に近かったりすると莫大、甚大な被害」が予想される。

大都市近郊での地震災害は阪神・淡路大震災の経験に学ぶ必要がある。神戸市長田区の事例から大火災を招く強風の怖さが認識され、「木造住宅密集地域」での火災発生が地震に伴う人身災害の「新たなリスク」として浮上している。

中央防災会議の予測によればマグニチュ−ド7を想定した首都直下型地震での死者は首都圏全体で最大2万3000人その7割は火災による死亡とされ、マグニチュ−ド8以上の関東大震災クラスの地震が発生したら最悪7万人の死者が出る可能性も指摘されている。

兵庫県出身で阪神・淡路大震災を経験した小池都知事は「東京大改革」により東京都を大きく変えるという。スマートシティー、セーフシティーを目指して都市環境整備を進めるとのことであるが東京の抱えるリスクの実態を直視して対策を立てる必要があり、木造住宅密集地域の解消策こそ東京大改革の緊急のテーマにすべきだ。耐震化、不燃化、無電柱化は木造住宅密集地域を解消する街区再編と並行して実施すべき課題である。

 

銀座の誕生は不燃化が契機

 日本の繁華街の代名詞にもなっている「銀座」は明治5年(1872年)2月26日に発生した大火災が契機となって誕生した街並みである。

大火災の焼失面積は28万坪、被災者5万人の大火災で銀座、京橋、築地一帯は焼け野原になった。時の東京府知事由利公正は大阪に造幣寮を完成させたアイルランド出身のお雇い外国人技師ウオートルスに街並みを不燃化街区とすることを委嘱し、わが国初の煉瓦づくり2階建ての洋式不燃街区が誕生させた。

明治初期に洋式建築を指導できる専門家は日本国内に存在せずウオートルスは煉瓦による不燃街区の建設を煉瓦づくりの試行から始めなければならなかった。

明治初期と今日と異なる点は土地私権の有無である。明治6年の地租改正以前は土地の所有権が確立しておらず住民の同意を取る必要がなかったので街づくりを担当した大蔵省と東京府はすみやかに事業を推進できた。

明治15年発行の「銀街小誌」は「少しも江戸の旧様を帯びず、東京の新繁華と謂うべきなり」と報告している。職人、日雇い、辻芸人など下層民が住むスラム街の銀座が成功した商人が住む繁華街に変身したのだ。

銀座はその後も変身を繰り返し、街区再編で本年4月20日新しい街区GINZA SIXを誕生させている。銀座は不燃化を目的とする再開発事業、付加価値の大きい街づくりの先行モデルである。

 

木造住宅密集地域の解消策

東京都ではすでに「東京のしゃれた街並みづくり推進条例」を制定しており、東京都都市整備局が推進母体になっている。

条例の骨子は「街区再編まちづくり制度」と「街並み景観づくり制度」から構成され住宅密集地域など、まちづくりの様々の課題を抱える地域において都市計画に基づく規制緩和策を活用して、細分化された土地の統合や細道路の付け替えなどを行いながら住宅の建て替えを行ってまちづくりを推進し、魅力のある街並みを実現することを想定している。

問題は土地の統合や細道路の付け替えに求められる区画整理事業の推進が難しく木造住宅密集地域の解消が遅々として進まないことである。森ビルが手がけた街区再編再開発事業は着手から竣工までにアークヒルズと六本木ヒルズは約20年、表参道ヒルズは40年近くかかったという。

都市計画に基づく道路の拡張や道路の付け替えが遅々として進まない理由は住民が所有する土地への執着が大きく「地権者の同意」を取ることが難しいからである。

土地への執着が大きくなったのは土地税制の不備・不合理にある。憲法第29条には「財産権の内容は公共の福祉に適合するように法律でこれを定める」とされているにもかかわらず土地を不可侵の私有財産とみなしていることが問題だ。税金でインフラが整備された土地は公共財とみなすべきで利用価値が大きくなった土地への課税を強化すれば土地所有への執着は一挙に解消するだろう。

街区再編まちづくり制度が活用できない理由も存在する。建ぺい率や容積率など建築にさまざまの規制がかかっているため街区再編のメリットがなく地権者の賛同が得られないのである。

平成21年4月1日、建ぺい率や容積率を緩和する「街並み再生地区」の小規模開発型面積要件が従来の3ヘクタールから1ヘクタールに緩和されたが、このような再生地区指定の面積要件は撤廃し、細道路拡幅によるセットバックで地権者の土地が狭小となる場合は耐震化、不燃化、狭小土地の統合・共有化を条件に建ぺい率は100%に容積率は400%以上に大幅に緩和すべきだ。建築規制の緩和を大胆に行えば街区再編は大きく前進する。

 

街区再編は日本の経済成長に貢献

街区再編は税金を投入することなく建築規制の緩和で資産に大きな利用価値を付加できるので日本の経済成長にも貢献する。人口減少で過疎化が進む地方都市では耐震化、不燃化に加え行政の効率化とバリアフリー・コンパクト化が街区再編の重要課題になる。

大前研一氏は著書「低欲望社会−大志なき時代の新・国富論」の中で個人金融資産を活用した都心大規模再開発プロジェクトを提案している。「繁栄の鍵は土地の使い方にあり」とされ、膨大な建築需要とインフラ、インテリア、家電など関連産業への波及効果による需要拡大を期待している。

建物の容積率を緩和し、建物の床面積を増やし増えたスペースを活用して資産が生むキャッシュフローを増やせば資産価値が増える。容積率の緩和は空室リスクを増やすとの批判があるが、空室リスクは空室活用のビジネス・チャンスに変えることができる。

東京オリンピックが開催される2020年に日本は4000万人の海外からの訪問客受け入れる。2012年に開催されたロンドンオリンピックではエアービーエヌビー(Airbnb)がホテル不足を補い民泊ホストが大活躍したといわれるが、日本も急成長するシェアエコノミーの民泊事業を容認する民泊新法(住宅宿泊事業法)の施行を急ぐべきだ。

小池都知事が率いる「都民ファーストの会」ではスマートシティー東京で都市間競争に勝ちアジアナンバー1の国際金融市場の復活をめざすという。東京ブランドを確立して外国人観光客の増加をはかるなどの政策を掲げているが専門職対象の就労ビザ発行を緩和して長期滞在客を増やすことができれば日本の国内消費需要を増やし人口減少に苦しむ地方都市にも経済効果が波及する。

ニューヨーク、ロンドン、パリなど欧米の国際化された都市では週末には都心を脱出しセカンドハウスでの生活を楽しむ人が多い。日本でも地方振興のために国土交通省が二地域居住を推奨している。

東京近郊には二地域居住に適するリゾート地がいくつもある。日本ではかって賑わったリゾートほど今は低迷に苦しんでおり、その典型が新潟県の越後湯沢である。越後湯沢には1990年頃のスキーブームで建てられたリゾートマンションが58棟15000室もあり、その数は日本全国のリゾートマンションの2割近くを占める。マンションの管理費は月2〜10万円とやや高いが、大浴場やプール、スポーツルーム付きの高級マンションが分譲時の1/10以下の価格で購入できる。

南魚沼市に隣接する湯沢町は東京都湯沢町とも呼ばれマンションを所有する東京都民の固定資産税で維持されてきたが資産価値が下落し売却希望者を続出させている。湯沢町にとっては大ピンチだが、ピンチはチャンスでもある。

日本経済の再生には1700兆円の個人金融資産を含めた遊休資産の有効利用を促進して資産価値を高める具体策が必要であり、地方自治体の首長には既得権を解体する勇気と先見力、問題解決力に加え事業経営の才覚を兼ね備えた人材が求められるのだ。