原発ドキュメンタリー映画「パンドラの約束」を見て想うこと

東京都文京区 松井 孝司

 

 ロバート・ストーン監督が作成したドキュメンタリー映画「パンドラの約束」は、反原発から原発容認に転換した環境保護運動家の人々を記録した映画であった。ロバート・ストーン自身も環境破壊の歴史を描く前作「アースデイズ(2009)」を制作する過程で原子力エネルギーについて考えを変えたと述べている。

 映画では「原子力産業は死の産業」「原発は今すぐ全廃すべきだ」と叫ぶ海外の反原発運動家の演説がつづき、ロバート・ストーン監督も自ら登場し、東日本大震災の惨状も映し出され震災後の福島での撮影では「汚染がひどくなくても人々はすごく怖がる・・・なぜ人々が原子力を怖がるのかようやくわかった気がする」「原子力反対、太陽光賛成」「石油協会がスポンサーでも?」とのコメントがつづく。

 映画は原発に反対していた環境保護運動家の人たちが原発容認へ主張を180度転換した理由を語るインタビューを通して、世界を貧困から救うエネルギーは原子力しかないことを説明するため様々のデータや科学技術を紹介し、現行の軽水炉型原発の開発の歴史や安全性の高い最新型原子炉への挑戦を追っている。

 20131月に米国のサンダンス映画祭で上映された際には観客の75%が原発反対だったが見終わった後約8割が原子力支持に変わったそうだ。第4世代の原子炉、統合型高速炉(IFR)は全電源が喪失し核反応が暴走しても過熱により自動的に運転が止まり、軽水炉原発が残す核廃棄物も燃料として使用できるなど、原子炉設計にはルネサンスが起こっており、原子力という「パンドラの箱」からは広島、長崎の原子爆弾、核実験での事故、米国のスリーマイル島、旧ソ連のチェルノブイリの原発事故につづき福島第一原発事故の災禍が飛び出してきたが、パンドラの箱の底にはまだ人類にとっての希望が残っているとする筋書きである。

 米国はロシアの核弾頭を10年以上買い続けており16000の核弾頭をすべてエネルギーに変えて再利用しており、米国の電力の20%を担う原子力の半分は核兵器の再利用であるという。世界に存在するすべての核兵器を原子力エネルギーとして再利用し、消滅させることができれば歓迎すべきことである。

 映画には登場しないが反原発団体グリーンピースの共同創設者の一人であるパトリック・ムーアも2005428日の米国上院エネルギー天然資源委員会で「原子力は化石燃料に代わって世界中のエネルギー需要を満たすことのできる唯一のエネルギー源である」と証言している。原子力を肯定するようになったのは「原子力は安全でクリーンである」ことが理由の一つであるが、グリーンピースが余裕資金で年金制度を設けたことにも疑問をもったようだ。

 グリーンピースの活動費は当初400万人の会費だけだったが、ロックフェーラーなどリッチな財団からの資金が団体の活動資金の80パーセントを占めるようになったという。パトリック・ムーアは炭酸ガスの増加による地球の温暖化を認めていない。グリーンピースを離脱したのは科学的根拠に依らず石油資金の援助を得て運動を展開することを疑問視したのではないか?「パンドラの約束」に登場しないのは映画の趣旨に合わないからだろう。

 映画にはパトリック・ムーアと比肩される米国の環境保護運動の巨頭スチュアート・ブラントが登場する。スチュアート・ブラントが原発推進派になったのも21世紀に入ってからである。2001911日のニューヨーク貿易センタービルへの自爆テロ以降オサマ・ビン・ラデインへの石油資金供与を問題視したブッシュ共和党政権が原子力を見直し推進するようになる時期と環境保護運動家の大物が各地で原発賛成に転換した時期が一致するのは偶然だろうか?

 原発稼働の停止がつづいているため日本から石油産出国への巨額の資金の流出も増大している。アラブ首長国連邦(UAE)は産出する石油は輸出に回し、UAEで消費する電力は原子力で賄うために原発建設事業を韓国に発注し、韓国はバラカ原子力発電プラント1号炉の建設に着手した。日本から流出する資金で韓国が原子炉を建設する構図になっているのだ。原発稼働に60年の長期保証をつけており韓国にとっては失敗が許されない国運を賭けた大事業である。絶対に事故を起こさないよう日本は福島原発事故の経験を踏まえて技術支援をすべきだが、これが成功すると日本の原子力産業はかっての半導体産業の二の舞になる可能性もある。

中国は化石燃料による大気汚染を回避するためクリーンな太陽光発電を推進しようとしたが、太陽光パネルの過剰生産と高コストのため採算がとれずパネル製造企業の倒産が相次いだ。太陽光の利用には降雨、曇天、夜間でのバックアップ電源も必要になるため二重投資となり資金が乏しい国の貧困を救う手段にはならないのだ。

中国の膨大な電力需要を賄うために中国は第3世代の加圧水型原子炉約50基の稼働または建設を計画している。現行の軽水炉原発とは全く異なる方式の第4世代原発も開発しようとしており、トリウムによる安価で安全な原子力発電を推進するために201210月末に上海でトリウム原子炉の国際会議を開催した。中国科学院はトリウム溶融塩炉の実用化を決定し、2017年を目標に2メガワット規模の固体燃料・溶融塩冷却の固有安全性を備えた実証炉を完成させるという。トリウムが注目されるのは資源が豊富に存在し核分裂でプルトニウムが生成しないので核廃棄物の処理に問題が少なく、レア・アース採取で残る放射性トリウム残渣も再利用できるので石炭並みの低コスト発電が期待されるからである。

 日本が原発ゼロを実現すれば日本の多くの原子力関連技術者は間違いなく韓国、中国に流出するだろう。ロバート・ストーン監督が「下手をすると20年後にはアメリカも日本も中国から最新型の原子炉を買うことになりかねない」と懸念する通りだ。

 日本は世界に先行して現行の軽水炉原発から離脱して原子力発電の安全神話を払拭し、新しい固有安全性を備えた第4世代の小型原子炉を開発して国内の都市近郊で普及させることを期待したいが、核エネルギーと放射線の本質について正しい知識を日本国民に周知徹底しなければ実現は難しい。

「パンドラの約束」はジャーナリストの田原総一郎氏が指摘するように浅薄な原発推進映画ではない。軽水炉型原子炉普及の杜撰さをごまかさず描いており、不正確な知識で放射線の風評被害に振り回される多くの日本国民に見て欲しい映画である。