「公地公民」の経済政策を!

東京都文京区 松井 孝司


フランスの哲学者ルソーは「土地にかこいをして “これは俺のものだ”と宣言することを思い付き、それをそのまま信ずるようなごく単純な人々を見出した最初の人間が、政治社会の真の建設者であった。杭を抜き取り、あるいは溝を埋めながら“こんなペテン師のいうことを聞いてはならない。果実は万人のものであり、土地は誰のものでもないことを忘れるなら、それこそ諸君の身の破滅だ”とその同胞に向かって絶叫する者がかりにあったとしたら、その人はいかに多くの犯罪と戦争と殺人を、またいかに多くの悲惨と恐怖を人類にまぬがれさせてやれたことだろう。」と述べている。

ルソーの指摘を待つまでもなく「土地の私物化」は社会に弊害をもたらすことが多い。

土地の私物化と土地投機を許したため、土地本位制に基づく信用膨張と信用収縮によって日本経済は大きく狂ってしまった。

わが国では西暦646年に制定された大化の改新の詔第1条で、土地・人民の私物化を否定し「公地公民」への転換を宣言している。

 大化の改新の宣言は行われても豪族の私有地(田荘)は無くならず、奈良時代に入って墾田の永年私有化が認められると「公地公民」の原則も次第に形骸化していった。

 日本書記に記載される大化の改新の史実は天武天皇のために創作された大いなる虚構とする見解もあるが、日本は「公」(=天皇)が支配する国であるとする宣言は残り、明治2年の「版籍奉還」と、それに続く明治4年の「廃藩置県」が、いとも簡単に実現したのは「公地公民」の理念が生きていたからだろう。

 「公」を文字通り「Public」と解釈すれば、「公地公民」の理念は普遍性を持ち、第二次世界大戦後に制定された日本の新憲法にも、その理念は生きている。

現行の憲法第29条には「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める」と規定されているし、米国から与えられた憲法草案には「土地公有」が明記されていたという。基本的人権を尊重し、育児・介護を、個人ではなく社会の責任とする政策は「公民」の理念にもとづくものである。

土地は私物化すべきではなく社会が共有すべきリソース(資源)とする考え方は、社会主義国家の理念でもある。

大きな政府を志向した社会主義国家は経済的非効率が原因となり殆どが崩壊するか、または変身してしまったが、「土地公有」の理念は死んではいない。

土地公有制のもとで市場経済の競争原理を導入することにより、著しい経済成長を遂げつつある実例が隣国の中国にある。土地私権が壁となり日本の成田空港はいつまでたっても完成しないのに、上海の浦東新空港は、土地が公有のため低コスト(総投資額130億元=約2000億円)で短期間(着工後4年)に完成させた。殆ど無価値であった土地の付加価値の増大が中国のGDP(国内総生産)を押し上げているが、土地投機を許し「土地公有」の理念を忘れたら、中国経済も日本経済の二の舞になるだろう。

GDPは国内の総生産高から総原価を差し引いた差額に該当するが、見方を変えればGDPは国内の土地が生む付加価値の総和であり、土地の付加価値を高めることは経済成長にとって不可欠の重要課題である。

日本政府による巨額の公共投資がGDPの増大に結びつかなかった原因の一つが、公的資金の大半が付加価値を生まず土地の収用代金として消えてしまったことにある。

公共工事の土地収用代金は課税されずに個人金融資産に化け、土地を持つ者と持たざる者の間に不当な経済格差をもたらしている。既得権益が定着し格差が固定化する閉鎖社会に未来の発展はない。

立案された都市計画が立ち消えになったり、普天間飛行場の移設場所がなく美しい珊瑚礁を埋め立てようとする愚策が登場するのも土地私権が障壁となっているからだ。

土地私権こそ、わが国最大の既得権であり、日本の経済成長と個人の自立を妨げる最大の障壁なのだ。環境破壊を防止するためにも土地の私物化を許してはならないし、土地利用に対して国民に均等な機会を保障するためにも土地私権は解体する必要がある。

明治維新後「殖産興業」の掛け声のもとで日本経済が飛躍的な大発展を遂げることができたのは「版籍奉還」により土地の既得権益が解体され、土地価格の下落で土地の流動化と有効利用が促進されたからである。

土地の価格が高くては付加価値をつけることは難しい。今では超一等地の東京駅前の土地も明治政府の競売に政府が期待する応札者が現われず、岩崎彌之助が低価格で入手し三菱のグループ会社が高付加価値をつけたのである。

価値を持つのは人間が生産する物サービスの機能であり、土地の付加価値を創るのは人間の知力である。知力と公益力を持つ「公民」の育成も経済成長には欠かせない。

日本経済の成長戦略を描くには、土地の価格を劇的に下げて土地が生む付加価値を増やす必要があり、そのためには宗教法人も含め官民が所有する土地への課税を見直す必要がある。具体的には、土地私権を解体するため土地所有権は土地利用権に改めて土地に対する執着を絶ち、土地が投機の対象にならないよう値上がりを期待して放置される土地には重税を課し、官民を問わず土地の利用価値に応じた課税を行って土地の流動化を促し、土地の有効利用が促進されるように土地税制を改める必要があるのだ。

日本国憲法の規定に従い保護すべき財産権の内容を公共の福祉に適合するように修正する必要があり、税法だけではなく民法、土地収用法、建築基準法、農地法などの土地利用に関連する法律も修正が必要だ。

土地が私有財産でなくなれば、土地は遺産相続の対象ではなくなり、遺産相続のために伝統的家業が廃業に追い込まれたり、相続のたびに土地が細分化される弊害も無くなる。

鉄道で結ばれる省エネ型コンパクトシティーや水と緑が豊富で生産性の高い国土の創生で日本全国の土地の付加価値を飛躍的に増大できれば、日本のGDPは激増し法人が支払う付加価値税(≒消費税)の増収が日本の財政再建に大きく貢献するだろう。

22年4月22日)