高速道路無料化は愚策か?

東京都文京区 松井 孝司


文藝春秋9月特別号で猪瀬直樹氏は民主党がマニフェストに掲げた「高速道路無料化」は「官の肥大化を許す愚策」と指摘しているが、自民党が実施してきた土曜、休日など道路が渋滞する日時に限定したマイカーだけの料金値下げこそ、高速道路の持つ付加価値を無視する愚策である。

マイカーだけの料金値下げは渋滞を増やしただけで経済効果は判然とせず、むしろ渋滞によるマイナス効果が目立った。税金を投入して高速道路の渋滞を促進したのだ。

高速道路は渋滞させたら経済を活性化させるどころか時間の浪費に加え、ガソリンの消費と排気ガスを増やし、省エネルギー、環境負荷の面でも逆効果で経済の付加価値はマイナスとなり、経済的損失を増大させる。

高速道路は渋滞時には利用価値が増すので渋滞する場所では利用料金を上げることができるのに、低料金化で渋滞を促進しては高速道路の付加価値を殺すことになる。

高速道路だけではなく一般道路でも渋滞させないように工夫するのが賢明な策であり、渋滞が予想される場所と時間帯にはロードプライシングによる課金が世界の各地で模索されている。

大都市中心部への自動車の乗り入れを抑制し、渋滞する時間帯には累進的な比率で課金するロードプライシングは、シンガポールが先鞭をつけオスロ、ロンドンなどで採用されるようになった。

ETC(Electronic Toll Collection System)を活用すれば交通量の計測や課金が容易となるので、渋滞に応じた道路の利用料金の変更が可能になる。民主党マニフェストで首都高速や阪神高速での無料化が除外されたのは、ETCによるロードプライシング実施の余地を残しており、妥当な策とみてよいだろう。ETCの廃止も時代に逆行する愚策だ。

民主党のマニフェストでは高速道路無料化の「原則」は明示されていないが、無料化するのは、「高速道路が渋滞しない場所と時間帯」に限定し、渋滞時にはETC活用によるロードプライシングを実施することが望ましい。

物流サービスと交易は付加価値創造の源泉であり、自動車、鉄道、船舶、航空機などによる輸送は交易を促進して経済を活性化させるために不可欠の手段である。

しかし、受益者負担の経済原則を無視する政策は必ずどこかに歪が出る。自動車だけを優遇することは他の輸送交通機関の収益を圧迫し、経済全体に弊害が及ぶ。

自民党が実施した税金投入による高速道路の低料金化はフェリー会社の倒産の危機、JR各社に減収をもたらす結果となった。すべての道路を完全に無料化したら鉄道利用減少に拍車がかかり、米国のアムトラックのようにJRにも税金を投入する必要が出てくるだろう。

見習うべきは米国の事例ではなく、短期間に米国に次ぐ世界第2位にまで大発展した中国の高速道路事業だ。

社会主義国家中国の企業はすべて国有であったが市場経済の競争原理が導入され、高速道路事業には地域ごとに、いくつもの民間会社が設立されている。

民営化されているため中国の高速道路は経済効果が少なく収益が見込めなければ建設されず、収益が見込める道路には民間資本を投入して短期間に完成させ、宮崎県の東国原知事のように高速道路建設の順番を、首を長くして待つ必要がないのである。

日本同様、中国でも過疎地に利用頻度の少ない高速道路が建設されつつあるが、使われない道路の建設を続ける高速道路会社は競争原理により淘汰されるだろう。

付加価値を生む高速道路に税金を投入する必要は無く民営化された事業体は経営の自由度が増し、より良いサービスが期待できる。

資本主義や社会主義に普遍性はないが、市場経済の「競争原理」は洋の東西を問わず、国家と時代を越えた「普遍的」原理であることを認識する必要がある。日本では政官業の癒着で競争原理が働かず、多くの公共事業が税金の無駄遣いに終わっている。

過去10年以上の長期に亙り巨額の公共投資が行われたが、日本のGDP(国内総生産)が500兆円前後で低迷するのは、ハコ物公共事業が役に立っておらず、税金の投入が日本経済を弱体化、非効率化させているなによりの証拠だ。

市場経済で弱者を競争に追い込むことは避けねばならないが、サービスの提供者にはサービスの質を高めるために競争が必要であり、高速道路事業の民営化は正しい選択であった。

渋滞が頻発する東名高速や中央高速は超優良資産であり、渋滞時にロードプライシングで課金すれば巨額の収益が期待できる。この収益に課税すれば、貴重な財源が生まれる。高速道路を無料化したらこの貴重な財源を放棄することになる。

短距離、中距離、長距離での輸送交通手段は自動車、鉄道、船舶、航空機で役割を分担すべきであり、中距離、長距離の貨物輸送は環境負荷軽減の観点から、自動車から鉄道、船舶の利用へ転換するモーダルシフトが注目を集めている。

CO2の排出量をみると、鉄道はトラックの1/8、船舶は1/4で貨物輸送を鉄道、船舶に変更することは環境保護だけではなく省エネルギー、経済効率向上のためにも好ましいことである。長距離を自動車で走行することは経済的にも健康管理の面からも問題が多い。

自動車利用を優遇する高速道路の無料化は、実施する方法を間違えると愚策になる。

今回の総選挙前に実施された朝日新聞の世論調査では高速道路無料化を「評価する」は23%にとどまり、「評価しない」が67%に達したという。

国民は政権交代にはOKを出したが、民主党のマニフェストをまるごと支持してはいないことが判る。マニフェストに書いてあっても国民が評価せず、実効が期待できない政策は実施しない方が賢明だ。

民営化された高速道路事業が再び官僚の手に渡って利権の巣窟と化し、高速道路無料化策が官の肥大化を許す「愚策」とならないよう切望する。