江口克彦著「地域主権型道州制」の要旨(2)

道州制実現推進委員会副委員長 岡部 俊雄

生活者通信2008年2月号でPHP研究所江口克彦氏著の「地域主権型道州制」について、道州実現制推進委員会の平岡委員長が感想を述べました。道州制実現の推進は当会の二大目標の一つであり、また、この本の内容は我々が持っている問題意識や、考えていることとほぼ同じです。皆様にはこの本を是非ご一読頂きたいと思いますが、お忙しい方のためにその要旨を10回くらいの予定で連載します。

 

(2)20XX年、新しい日本のすがた

20XX年。日本に「地域主権型道州制」が導入され、十数年が経過した。もうかつての都道府県は存在せず、日本は12の州から構成されている。そして市町村も衆議院の小選挙区を基本とした基礎自治体、新しい市として生まれ変わった。

 国の仕事は外交・安全保障・通貨の他に年金などの基本的な社会保障にとどまり、それまで国の仕事だった経済政策や社会資本整備は道州の仕事になった。市の仕事は地域の街づくりや生活保護など住民に密着した行政サービスの提供である。

 各州は、しばらくの間試行錯誤を続けていたが、今ではそれぞれに独特の政策を打ち出し、個性ある発展をみせている。その姿を見てみよう。

 この章は「地域主権型道州制」を導入したら日本をこうすることができるという可能性を自由に書いたものである。

 

企業が殺到した四国州

 四国州ではまず税制改革を行った。消費税は5%のままで、法人事業税と固定資産税を2分の1にし、相続税は全廃した。また、それと並行して行財政改革を断行し、意思決定と施策実行のスピードを高めた。

 この二つのインセンティブで大企業が次々と四国州に本社を移転した。それに伴って関連の中小企業も四国州に移ってきた。それらの企業で働く人達ばかりでなく富裕な高齢者も集まってきた。

 高齢者対策や教育制度も充実した結果、家族全員での移住者が増加し、新たな消費、需要を生み、サービス産業を活性化させている。

 

国境をなくして「観光立州」となった北海道

 北海道はまず新千歳空港の東アジアハブ空港化をねらった。着陸料・駐機料をインチョン空港の半額に設定し、国際線就航を原則自由化した。さらに、24時間の発着を可能にし、札幌市内へのアクセスを整備した。その結果、国内各地はもとより、アメリカ、カナダ、韓国、中国、ロシアの主要都市を結ぶ路線が大幅に拡大した。

 また、北海道へはどの国からもビザなしで入国を可能とし、外国の運転免許証がそのまま使えるようにした。注目すべきは、ロシアのサハリン州に働きかけ、北海道と同様にビザと国際運転免許証を不要とする政策を打ち出してもらった。この結果、北海道とサハリンは一体化した観光地となり、事実上国境がなくなった。

 北海道は本来持っていた観光地としての高いポテンシャルと相まって、外国からの観光客が増え、国内外からの観光投資も大幅に増加し、税収も確実に増加している。

 

北陸信越州の「環日本海構想」

 北陸信越州では州内の企業と環日本海諸国の企業のニーズを一手に集約し、その情報交換の場を提供することにした。その結果日本海を挟んで多角的な企業の「国際結婚」が進められ、今では環日本海諸国の経済は垂直的分業ではなく、水平的分業になっている。

 農業でもこの地域の農産物が高級品としてロシア、中国で爆発的に売られるようになった。

 また、義務教育を6歳から9歳までとし、10歳からは多様な中学、高校へと進学するシステムとした。大学もそれに対応するカリキュラムを組むようになり、北陸信越州は教育レベルの高い州として世界的に注目されるようになった。

 

東北州は「農業立州」、九州は「環東シナ海経済圏の中心」に

 東北州では豊富な農産品を背景に農業の株式会社化が進展した。それと同時に高度な農業技術開発や、生命科学の研究が盛んに行われ、新品種も出荷されるようになった。

 九州の戦略は「環東シナ海経済圏構想」である。関税や貿易に関する障壁の撤廃、労働力・資本などの移動の自由、規格や職業資格の相互認証、そして経済政策の調整が進められており、「東シナ海経済圏」では各地で水平分業が行われるようになり、九州はその中心となっている。

 

首都・東京特別州と副首都・大阪特別州

 霞ヶ関の官庁街はその規模を大幅に縮小し、旧都庁の半分以上は民間への賃貸オフィスになっている。国・都の官僚の多くが各道州に生きがいを見つけて旅立っていった。

 しかし、東京は依然として情報の中心であり、また、「生き残り」のため徹底的にソフト産業に重点をシフトした。既に有った多くの文化施設をベースに文化、芸術を志す若手に多くの機会を与える政策を打ち出し、東京は芸術・文化の都として世界の注目を浴びている。

 大阪特別州には「副首都」として東京特別州のバックアップ機能が整備された。それに応じて証券、商品の取引が拡大し、大阪を商都として復権させている。