利根川水系河川整備計画策定に関する公聴会

埼玉県所沢市 河登 一郎


下記の公述書は私が36日に首記公聴会で行った公述書です。本件に関する一連の動きは、日本の民主主義・民意反映の仕組みを考える上で大変参考になると思いますので、簡単に報告します。

平成9年に改正された河川法では、それまでの治水・利水に加えて、(1)河川環境(水質・景観・生態系)の整備と保全、(2)流域住民の意見を反映すること、が新たに規定されました。

それを反映して平成12年には、国交省(近畿地方整備局)の斬新な発想で設置された「淀川水系流域委員会」の今本京都大教授以下、52名の学者・専門家・流域住民・法律家が、5年間にわたって公開の議論を重ねた結果、流域で計画されていた5つのダムうち4件を「実施しない」という結論を出しました。

この結論に驚いた国交省(本省)は、近畿地整の責任者を事実上退職に追いやり、委員会自体は「中断」と称して廃止。今回の「利根川水系」では、「有識者会議」というご用学者集団で形式的な審議を行い、民意については、「公聴会」を開いて聴く(だけ)という方式を編み出しました。

一方、市民側としては、上流(八ッ場ダム・思川・渡良瀬など)から下流(霞ヶ浦・市川三番瀬・銚子市民運動など)まで30を超える団体が、「利根川流域市民委員会」を発足、真の意味での「民と行政側との双方向での意見交換」を繰り返し主張しています。

一部マスコミの応援もあり、国交省もこれを全く無視はできず、公聴会を流域全体で20回も開くという形で現在のところ進んでおり、私の公述も、その一環として行ったものです。

上記「市民委員会」からは延べ38名もの会員が公述を行いました。この中には、「ご用」のつかない学者、専門家や地道な市民運動家が多く、「有識者」よりもはるかに質の高い意見・提案・見識の宝庫のような公述が行われました。

これらを集めた意見集を、最近再発足した「公共事業をチェックする国会議員の会」に提出し、協力し合って行くことになっています。

この問題への対応は、今後も続けます。ご関心ある方は参加しませんか。

このように、国民がいくら質の高い提言をしても、現実の政治・行政に反映されない不満は皆さんも何回も経験されていると思います。

「政権を変える」ことは日本の民主主義が育つために不可欠です。


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利根川水系河川整備計画公聴会公述書            200736日  所沢市 河登一郎

はじめに:前半で公共事業に関する一般論、後半では主に八ッ場ダムを念頭において問題点を指摘したい。

1.   利根川水系は、上流・中流・下流・周辺を含め公共事業の塊である。

公共事業は、正しく企画・実行されれば、利水・治水・交通の便など国民生活に多大な恩恵をもたらす反面、その多くは巨費を伴う=税金を使う。また、事業の性格上国土を切り刻むことも多く、当然、深刻な環境負荷や生態系の破壊をもたらす。地域の伝統や生活・人間関係の破壊を伴うことも少なくない。

2.   一方、日本の財政が危機的状況にあることは説明不要。夕張市はまさに日本の縮図である。

長年、行財政改革に問題意識を持ってきた一人として、財政危機の主因を一言で表現すれば、税金の壮大な浪費である。国・地方自治体・特殊法人(独法)・特別会計など、公共事業を含めてすさまじい浪費の実態がある。先月、静岡県庁前で一人の男が、ガソリンをかぶって焼身自殺した。その遺書に「正気の人間が、狂気の選択をせざるを得なかった(それほどの無法が横行している)」。もちろん、これは静岡空港の問題であり、利根川水系問題と直接の関係はないが、公共事業に共通の問題を孕んでいる。情報公開を実現し談合をなくした浅野史郎氏に対する東京都民の熱い期待に国民は強く共感している。

3.   どうすれば良いか:従来手法の延長線上の改善の小さな積み重ねは大切だが、それだけでは全く不充分。既に公共事業の一律カットやODA削減などいくつかの対策が実行に移されており、H19年度は<景気好転?>とも重なり財政も大幅に改善すると政府は自賛しているが、正確には国の借金の<増え方が減った>だけで、現実には更に5兆円も借金は増える。この深刻な事態への対策は、ゼロベースで根本から見直す;単なる改善を超えた・スローガンでない本物の改革が不可欠である。

利根川水系河川整備計画策定に即し、八ッ場ダムを念頭におき、より具体的に問題点を整理したい。

1.必要性に関する科学的な評価が不可欠である。水需要の減少傾向と供給力の乖離・治水上の効果・基本高水の妥当性など、事業の根本に関する科学的根拠が不充分である。必要ないという科学的に説得力ある根拠は公聴会でも多数示された。有効な反論があるなら、公開の場で双方向の議論をすべきである。

2.費用対効果を見直すこと:限度ある税金を有効に使うためには、ゼロを含む複数の選択肢の比較が不可欠である。ダム以外の選択肢として、河道整備・森林の保水力増強・地下水の活用・堤防の増強・氾濫の許容・伝統的工法・その組み合わせなど、多様な価値観に基づく幅広い選択肢を比較して判断することが必要で、「いわゆる有識者」の専門分野の知識だけでは限界がある。情報公開を徹底した上で、多くの流域住民のチエを結集すべきである。その結果、総コストの大幅削減と効果増大が可能になる。

3.コスト軽減を阻むもう一つの要因に談合がある。異常に高い落札率・現場責任者の逮捕・その他最近のきなくさい諸情報などを総合して、公正で開かれた競争によるコスト削減の余地は大きい。

経済面以外の価値も極めて重要である。

@環境負荷の軽減や生態系の保護は改正河川法の目的の一つ。生物多様性条約や環境アセス法に基づく科学的に説得力ある本物の環境評価が欠けている。

A地滑りや岩盤崩落の危険性も多くの専門家に指摘されている:万一危惧した事態が発生した場合の責任はどこにあるのか。奈良県大滝ダムの悪しき前例が想起される。「想定外」の地盤崩壊により住民の強制移転が余儀なくされた際、建設時の現場責任者がTVインタビューに答えた「昔のことだ。忘れてしまった」回答は象徴的である。いざと言う時に責任を取れない人たちに重要な政策決定を委ねることは正しいか。

B住民参画の重要性も指摘するまでもない。多様な価値観を反映して、都市住民の植林・農林業体験などを通じた現地住民との心の触れ合いや生き甲斐あるまちづくりは、金銭に換算できない貴重な価値である。

C多くの公述人が、直接の見返りを求めず、熱心に主張を続ける動機は明快である。「正しいことは正しい。悪いことは悪い。」一般公述人こそ、知識と見識を兼ね備えた「有識者」である。

<今からでも遅くない>: 上記は、今から実施しても充分効果を発揮できる。多くは現行法制度の中でも実行可能である。 <今からでも遅くない。> 官民協力して<美しい国>を作りましょう。

以上