憲法改正への提言

宗教団体の政治不介入の厳格化−

東京都渋谷区 岡部 俊雄


 世界の国々における政治と宗教との係わりかたは、その国の地理と歴史によって千差万別である。

 しかし、世界がグローバル化し、弱肉強食的な競争が激しくなり、貧富の格差が拡大し、心の穏やかさが失われてくると、どの宗教でも原理主義的な魅力が人々を引き付けることになるだろう。

 イスラム教やキリスト教の原理主義が、世界に大きな影響を与えつつあることは世界のグローバル化の流れから見て必然的なことである。仏教ですらオウム真理教のような原理主義に似たようなものも現れだしており、この傾向は世界的にますます強まってくることが予想される。

 我が国は憲法で、何人に対しても信教の自由を保障していると同時に、国の宗教活動を禁止している。

 この憲法の存在と、日本人の宗教心の希薄さが幸いして、我が国民は宗教に対してまことにおおらかであり、また、我が国では近年オウム真理教によるサリン事件以外に宗教団体による大きな事件も起きていない。

 しかし、グローバル化の進展により貧富の格差が広がり、心の穏やかさが失われてくると、我が国が何時までも世界の例外であることは不可能になってくるだろう。

 我が国が今まで通り、宗教による社会の混乱を避け、安寧な国家であるためには、少なくとも国の宗教活動を禁止するだけの一方通行ではなく、宗教団体の政治へのいかなる関与をも禁止する双方向の禁止が強く求められる。現憲法では「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。」としている。

 現在、某宗教団体が、某政党を通して間接的に政治に関与していることは国民の広く知るところであるが、目下のところ某宗教団体に原理主義的行動がないことと、某政党を上手く利用する者が居たり、その宗教団体に恐れを抱く者が居るために、触らぬ神のように扱われている。

 今の憲法の条文からすれば、「某宗教団体が政治上の権力を行使しているわけではない。政治上の権力を行使しているのは某政党である。」と言えなくもない。

 しかし、常識的に考えれば某宗教団体が間接的に政治上の権力を行使していることは自明である。知らぬ間に危険なことが進行しているのである。

 世界のグローバル化が進み、貧富の格差が広がる中で、影響力を強めてくるであろう宗教団体が社会の混乱を引き起こす原点にならないように厳しく未然に予防措置を講じて置かなければならない。

 そのためには、その方策を明快に憲法に記述しておくことは、最低限やっておかなければならない事柄である。

 現在、各方面で進んでいる憲法改正論議の中で、このことに明快に触れているのは民主党の案だけである。民主党は2005年10月の「憲法提言」で「宗教団体と政党との関係、公の機関と宗教活動との関係などに関して政教分離の厳格な規定を設ける。」としている。

 一方の自民党の「新憲法草案」では、逆に、国及び公共団体の儀礼的、習俗的な範囲での宗教への関与を認めるとしており、政教分離があいまいな方向へ進んでいく危険性をはらんでいる。

 世界のグローバル化の方向の中で、宗教という他面危険因子を政治の世界から厳然と隔絶しておくためには、民主党が提言しているような厳しい政教分離の方向で憲法を改正し、某政党のようなものが存立し得ない、安寧な国家が保障されるような憲法とすべきであると考える。