生活者主権の会生活者通信2003年01月号/10頁..........作成:2002年12月21日/杉原健児

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サッダーム・フセインに日本人を見る
〜フセインに対する奇妙な同情〜

衆議院議員(小平市) 末松義規

 今、米国の対イラク攻撃の動きが急です。私は、
外務省時代の1984〜86年に、イラクの首都バ
グダッドの日本大使館に2年間政務アタッシェとし
て勤務しました。               
 その間、精力的な情報収集活動を行ったために、
イラク側から色々な嫌がらせも体験しました。その
意味では、イラク赴任時代の印象はおどろおどろし
いものであり、サッダーム・フセインに対してはど
ちらかと言うと良くない印象を持っていると言わざ
るを得ません。(勿論、イラク国民に対しては極め
て同情的です)なのに、今回の米国等による対イラ
ク攻撃問題で、自分自身の中で、サッダーム・フセ
インに対し、奇妙な同情心が沸々とわいてくるのは
どうしてなのか。この同情心の正体がわからずに、
しばらく悶々としていました。         
 この静かな苦しみが解けたのは、数ヶ月経ってか
らでした。2002年11月初旬、フセインは、も
う自らの死を受け入れざるを得ない立場に立たされ
ていました。刑事コロンボに追いつめられた犯人の
心境です。はっきりはしていませんが、イラク攻撃
の安保理決議が実質上承認されたと言っていいのか
も知れません。おそらく米国の圧倒的な軍事力を持
ってすれば、イラクはひとたまりもないでしょう。
 一方、米国等のきつい要求をのんで、軍事査察 
(即時、無条件、無期限)を受け入れれば、イラク
としての国家主権とプライドがボロボロにされ、お
まけに、米英等の戦争準備に利用されます。例えば、
査察チームが、大統領の寝室がおかしいと言えば、
寝室に即座に立ち入れさせねばなりません。もし、
少しでも抵抗すれば、査察妨害となって、対イラク
攻撃の理由となってしまうのです。       
 また、万が一運良く軍事査察をクリアしても、イ
ラン・イラク戦争や湾岸戦争等過去の戦争責任をと
らされて、戦争犯罪人として国際法廷の被告人とし
て立たされることにもなりそうです。いずれにして
も、フセインとイラク人の前には屈辱と敗北感が充
ち満ちています。米国は、イラク占領後は、戦力不
保持をうたう憲法をイラク新体制に強制することに
していると言われています。          
 さて、この経験は何かに似ていないでしょうか?
そうなのです。この経験は、「我々がいつか来た道」
なのです。そう!、我々日本人が、57年前に辿っ
た道なのです。我々日本は、敗戦、米軍軍事占領で、
日本人としてのプライドがズタズタにされながら、
米軍支給の食料物資に助けられ、飢えをしのいでき
ました。また、実質的な米軍占領状態をそのままに
して、戦力不保持を旨とする憲法が公布され、戦前
の日本の伝統は全て悪であるとの教育を施され、日
本民族のアイデンティティが否定されてきました。
 その結果、「欧米並みの豊かな物質生活を送るこ
と」だけが潜在的な国家目標とされてきたのです。
そうして、1970年代には、英、仏の生活程度を
抜き(一人当たりGNPで英仏を凌駕)、80年代
には、米国をも抜いてしまい、「JAPAN AS
NO.1」とおだてられたのです。       
 その後、日本人が経験したのは、バブル崩壊でし
た。なぜでしょうか。考えれば簡単なことです。 
「経済的に豊かになりたい!」という物質的な豊か
さへの思い(目標)が、経済レベルで米国を抜いて
しまった時点で達成されてしまい、その先の日本民
族の思い(目標)がなかったからです。大宇宙の法
則から言って、「思いのないところには何も生まれ
ない」のです。                
 だから、経済は失速し坂道を転がるように急落し
てしまい、「失われた10年」の幕開けとなったの
です。そして、そのような日本を指して、米国の元
大統領補佐官であったブレジンスキー氏が言った言
葉が、「日本は、米国の保護国である」という言葉
だったのです。私には、この言葉が、とても屈辱的
に聞こえます。私だけではないでしょう。    
 この「失われた10年」で問われてきたのは何か?
まさしく、日本人のアイデンティティであり、日本
人の思いなのです。別の言葉で言えば、「日本人の
DNA」とも言えるでしょう。まさしく、これらの
アイデンティティこそ、日本人が戦後直後から数十
年間で捨ててきたものではないでしょうか。イラク
人にこれから突きつけられるものは、まさしく敗戦
時に日本人が米国から突きつけられたものだろうと
思います。                  
 これから、イラク人は、かつての日本人と同様に、
自らのプライドとアイデンティティをうち捨てて、
米国保護下の経済的な豊かさを選ぶのでしょうか。
それとも、一時的な屈辱を脱ぎ捨て、苦しくとも精
神的な自由とプライド回復を望むのでしょうか。 
 この風前の灯火となったイラク人とフセインの運
命と、将来の選択の厳しさに私は限りない同情心を
抱いたのだと思います。ここに、私は、我々日本人
を見たのです。                

生活者主権の会生活者通信2003年01月号/10頁