生活者主権の会生活者通信1999年12月号/06頁..........作成:1999年12月20日/杉原健児

衆議院議員選挙(1996.10.20)無効請求事件の上告 (2)

千葉県 治田桂四郎

 最高裁が昭和五八年四月二七日判決において、参議院選挙区(旧法では地方区)選出議員の 「都道府県代表的な」意義ないし機能についてそれに「事実上」という言葉を付しているのは、 その原審の昭和五四年二月二八目大阪高裁判決が「地方選出議員 の地域代表的性格」と述べた( 行裁集三〇巻二号三一九頁) のを修正し、それに「事実上」という言葉 を付加したと理解されております。すなわち最高裁としては、少なくとも法的には、参議院選挙区 ( 判決当時は地方区) 選出議員も全国民代表であるが、「実態的」には、あるいは「期せずして」 地域代表的性格を帯びるに至っていると把握したためと理解されます( この点については樋口陽一 「利益代表・地域代表・職能代表と国民」ジュリスト一九八六年五月一日号二二頁、手島孝二一院制 一九九〇年」同誌一九九〇年五月一〜一五日合併号七六頁) 。公選法は一二条一項で選挙区 (旧法では地方区) 選出議員の規定を設けていますが、その法的性格についての言及は、 すでに憲法四三条一項に規定されていることから、当然に全くないのであります。
 さらに、平成八年九月一一日の最高裁大法廷判決における六人の裁判官の憲法四三条一項についての 理解、すなわち、憲法四三条一項の規定は「両議院の議員が一部の国民のためでなく全国民のために 行動すべき使命を有するという行動規範を示すにとどまらず、両議院の議員の選挙制度の仕組みが 『全国民の代表』を選挙するのにふさわしい制度であるべきことを定めているものと解される」 からすれば、衆議院議員の選挙制度、参議院選挙区( 旧法では地方区) 選出議員の選挙制度双方について、 それを都道府県代表を選出するものとする余地はないのであります。したがって、小選挙区制であろうと、 それは地域の代表を選出するための制度ではなく、全国民の代表を選出するための一制度であると 理解されます。
 以上に見たところからすると、参議院選挙区(旧法では地方区)選出議員の代表としての性格に ついては、最高裁裁判官の間で若干の見解の相違は認められますが、衆議院議員の代表としての性格に 関しては、それを地域代表とする理解は全くあり得ません。
 ところが、衆議院議員選出のための小選挙区制に関して平成六年制定の区画審設置法三条二項の規定は、 該法案提出者の首相や自治大臣の「過疎地域への配慮」、過疎県への「優遇措置」という立法趣旨説明 およびそれに特に異議のないままの国会承認(乙第四号証衆・参両議院会議録抜粋)からして 小選挙区選出議員を地域代表としてとらえる考え方をとっており、根本的に憲法四三条一項に違反する規 定となっております。
 同規定が憲法四三条一項に違反するのは、第一に、参議院選挙区(旧法では地方区)にのみ適用する 余地のあった都道府県代表の考え方を衆議院にまで拡大して適用したこと、しかも第二に、参議院選挙区 (旧法そば地方区)に関して考慮する場合でも法律上はそうした規定は存在せず「事実上」に過ぎなかった 都道府県代表的性格を、さらに踏み込んで「法律上」のものとして位置付けた点であります。
 原判決は、区画審設置法三条二項の立法趣旨についての首相や自治大臣の「過疎地域への配慮」とか 過疎県への「優遇措置」とかの説明を「政治的発言」だと言います。「発言」どは、言葉の正しい使用 からすれば「配慮」と表現するのが適切でありましょうが、立法化された議員の配分を以ってそれを 政治的配慮だととらえるのは、政府と国会の過ちをかばうための裁判官の「政治的曲解」というべきで ありましょう。
 国会議員に「全国民代表」としての自覚がなく、自らを選挙区の利益代表と考えていることは、 平成一〇年七月の参議院選挙直前に自由民主党の幹部議員が行った演説の内容すなわち「予算をどこ につけるかなんて法律でしばっていない。政治力で決まっている。どこの道路にいくらつけるか 自由自在だ。利益誘導、けしからんと言うかもしれないが、憲法でも改正しない限り、 それが政治のあり方だ。国会議員が市町村長や県議と相談し、どこに道路、橋をつけるから、建設省、 運輸省、通産省に予算よこせというのは仕事だ。今の憲法下では、政治家が利益誘導やるのが義務であり 責任だ」(平成一〇年六月二九目付毎日新聞他)が端的にその意識を表しているのであります。
 この発言に見られるのは、日本国憲法の規定では国会議員は地域代表と位置付けられているから、 それを変更するには憲法改正が必要だという驚くべき錯覚、無知であります。
 こうした錯覚、無知は特定の一議員だけではなく、多数の国会議員が共有していると判断されます。 平成一〇年二月二六目に開かれた自由民主党の選挙制度調査会の総会てば、衆議院議員補欠題挙の 実施基準見直しに関する論議において、「小選挙区の議員は地域の代表で、一日も早く補選をしなければ、 その地域だけ民主主義の空白期間が生じてしまう」という意見が大勢を占めたと伝えられているので あります(平成一〇年二月二七日付読売新聞)。小選挙区選出議員は「地域代表」というのが多くの 国会議員の共通認識なのです。ここには、国と地方の守備範囲を明確にして地域の問題は地域で解決 するという分権思想が欠落しているのです。

生活者主権の会生活者通信1999年12月号/06頁