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━━━生活者通信メルマガ版━━━━平成19年11月1日  Vol.59━

バラマキではない戸別農業所得補償

                      生活者主権の会 岡部 俊雄

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 我が国では食料の自給率向上とWTOやFTAへ適切に対応する
ために政府・自民党も民主党も食料・農業・農村問題を重要な政策
として取り上げている。

 しかし、両者の政策(手段)には大きな違いがある。政府・自民
党は経営の規模拡大を奨励しており、大規模化された農地にのみ所
得補償をするのに対し、民主党は全ての農家を対象に所得補償をす
ることにしている。一方、その民主党の政策をバラマキだとして非
難している人々もいる。はたしてそうなのだろうか。

 戦前の口減らしを目的とした海外移住のようなことは再び繰り返
したくない。
 そういう視点で我が国の農業政策の基本を考えてみよう。

1.農業の守護神関税障壁の崩壊
 我が国の農業は長い間いろいろな保護政策によって守られてきた
が、その基本になっていたのは一種の鎖国政策である輸入関税と輸
入数量制限である。
 国内の農産物価格は農家の生産経費と労働所得とをほぼまかない
うる価格帯で維持されている。一方、安い価格の(国際価格の)輸
入農産物には関税がかけられ、ほぼ国内の価格帯で流通されるよう
になっている。
 この輸入関税が障壁となり、国内農産物価格の下落が食い止めら
れているお蔭で国内の農業生産が維持できているのである。

 この関税は輸出国の人々の負担であるが、国税の形で日本国の収
入になっているので、めぐり巡ってその分なんらの形で国民の税負
担が少なくなっている。一方、国民は関税で上乗せされた価格の農
産物を購入しているので、その分消費支出が増えている。他方、国
内農家は関税分上乗せされた価格で販売できるので、生産経費と生
活に必要な労働所得を得ることができ、生産を維持できることにな
る。

 これに対し、現在のWTO体制は関税のない自由貿易を目指して
おり、関税やその他による価格維持政策を禁止する方向で動いてい
る。
 我が国の新しい農業政策は政府・与党、民主党を問わずこの方向
での政策である。
 即ち、関税がなくなるので国内価格を維持できない(国際価格に
まで低下する)。その上で農業の生産を維持するためには、生産コ
ストと売価との逆ザヤを何らかの形で埋めなければならない。
 これが現在考えられ、一部実行に移されている農地所在地、作付
面積、作物の種類等によって農家に直接支払われる所得補償制度で
ある。欧米では以前から実施されている農業政策の基本であるが、
我が国では初めてのことであり、多くの国民が違和感を持っている
ようだ。

 あまり知られていないが、我が国でも2000年から中山間地の農地
(分かり易く言えば段々畑、棚田など)を対象に所得補償が実施さ
れている。これはWTO対応政策の他に、国土・環境保全などを目
的とした農業生産不利地域への農業生産維持政策である。

 今後の農業政策が、今までの関税による農業保護政策と基本的に
違うところは、今までは国内農業の生産維持のための財源を価格維
持による国民の消費支出で賄われていたのに対し、これからは価格
が国際価格に下がる代わりに、生産維持を我々国民の税金でやろう
ということである。今までの政策も全ての農家が対象になっている
ので、これからの政策も全ての農家を対象にすることを原点にしな
ければならない。

 世界の趨勢が見えず、今までの価格維持政策に慣れきった人々が、
新しい流れに戸惑いを覚え、或いは良く分からないまま、全ての農
家を対象とする所得補償制度に、バラマキという言葉を使っている
ように思えてならない。

2.農業に不向きな日本の地形
 我が国の地形は他国に比べて農業生産にとってはなはだ不向きで
ある。国土の69%が中山間地であり、そこでの耕地面積が全耕地面
積の42%も占めている。
 農業も他の産業と同様に大規模化されることは好ましいことだが、
日本の国土事情をよく考慮しなければならない。

 平地で1ヘクタールの農地を10ヘクタールに広げれば間違いなく
効率が上がり、コストは下がる。しかし、段々畑10枚を100枚にした
ところで生産効率は殆ど変わらない。そういう農地が全農地の42%
を占めている。
 大規模化といっても小農地の集合体ではあまり意味がない。小規
模農地、小規模農家を所得補償の対象から外すことは農地縮小の方
向に向かうまことに危険な政策である。

3.農業企業化の限界
 農業に企業が参入することは好ましいことである。工業生産のノ
ウハウの中に生物生産という新しい要素を組み入れて効率化すると
いう新しい挑戦に経営者の手腕を期待したい。

 しかし、企業経営ではっきりしていることは利益率の低い事業に
は手を出さないということである。企業が中山間地の農業経営に直
接手を出すとは思えない。

 更に、企業においては労働力は人件費としてコストに組み込まれ
るが、自作農の場合は本人達の労働力は労働所得という概念の中で
考えられており、コストではない。企業では売上高から人件費や諸
経費を差し引いて利益が上がらなければならないが、自作農では売
上高から諸経費を差し引いて、自分達が生活できる所得(労働所得)
が残れば農業を継続するのである。

 農産物の関税による価格維持政策を廃止すれば当然農家の所得は
減少する。それでも農業を継続してもらえるようにしようというの
が戸別農業所得補償制度であり、元々バラマキなどであろうはずが
ない。
 これから農業に若者を呼び戻し、活力に満ちた二世代、三世代、
或いは後継者による自作農を経営するには、分配・休日・住居など
で合理的な対応が求められるが、大規模農家のみを対象とする所得
補償は小規模農家を切り捨て、耕地面積を縮小させる危険な政策と
言わざるを得ない。

4.集団営農の限界
 大規模農家の他に集団営農で所定の耕地面積に達すれば所得補償
の対象とする制度も本年産から実施に移されている。

 元々日本の農業の特徴は集落によって成り立っていることである。
個々の農地はその所有者を中心に管理されるが、その農地経営に必
要なインフラは集落の共同作業で構築し、維持されてきた。先に述
べた現在実施中の中山間地への所得補償は集落機能の維持強化が前
提になっており、日本の国土に合致した適切な政策である。

 しかし、集団営農を対象とした所得補償制度は各農家が自分達の
農地を持ち寄り、経営帳簿を一つにし、各農家はその集団の一労務
者として労働するというものである。このやり方は二つの問題を抱
えている。

 一つは、労働に従事する各農家が、従来通りの農作業へのモチベ
ーションを維持できるかどうかという問題である。ソ連のコルフォ
ーズやソフォーズの失敗を良く研究しなければならない。

 二つ目は、日本の農地の中には集団を組み、所定の面積にしたく
てもできないところが沢山あるということだ。何キロメートルも離
れたところと集団になっても何の意味もない。集団を組めず、所定
の面積に達しない農家には所得補償をしないということになれば、
それは農業を止めよということと同じで、明らかに農地を縮小させ
ることになる。

 集団営農は理想郷の姿であり、生身の人間の気持ちや、農地の実
情を軽視した制度のように思えてならない。或いは官僚の力で無理
やりその制度の中に農家を押し込めようとしているのかもしれない。
そうであれば、これは農家の悲劇であり、日本農業の破壊につなが
ってしまう。

5.日本農業のあるべき方向
 では日本の農業政策はどういう方向を目指すべきだろうか。

 第一は、既にそういう方向に向かっているが、WTOの流れに沿
って価格維持政策から所得補償政策に早急に転換することである。
このことにより現在農産物の関税がブレーキになって難航している
各国とのFTA交渉を円滑に進めることもできる。

 第二は、世界的人口増加に対応するため、食料の自給率を向上さ
せることである。世界的に食料が不足した時、食料生産国は自国民
の食料確保を優先するのは当然のことである。日本の食料が不足し
た時、戦前のように口減らしのための食料生産国への移住を国民が
覚悟しない限り、所定のレベルまで食料自給率を向上させなければ
ならない。このことは如何にグローバリゼーションの世界になった
といっても、国家という基礎単位がある限り、戦力による国防以上
に重要な国防である。

 第三は、第一、第二の目的達成のための手段である。
 何よりも大切なことは耕地を増やすことである。そのためには耕
作すること、即ち農業に多くの人が意欲を持ち、魅力を感じるよう
にすることである。耕作することで十分な所得が得られるようにす
ることである。
 耕作するに当たってはいろいろな経営形態が考えられるから、農
家には多様な選択肢を与えなければならない。自作農よし、集団営
農よし、企業よし、専業よし、兼業よしである。

 更に、農業従事者がその土地で快適な生活を送ることができるよ
う地方分権や道州制実現のスピードを上げ、地方の魅力を創造し、
若者のIターン、Uターンを進めなければならない。
 また、農地を耕作地として使用する限り、できるだけ農地を流動
化させなければならない。耕作を放棄した農地は原則として国に無
償で返上し、改めて国から別の耕作者に無償で与え、耕作している
限り耕作者の所有にするというのも一案である。

 要するに少しでも多くの耕作地を作ることである。そのためには
生産コストと売価とが逆ザヤである限り、また、農家の生活を維持
する必要がある限り、経営の形態に関わらず全ての生産者にWTO
で認められている所得補償をすることが必須である。これをバラマ
キだという人は、食料・農業政策が国家の最重要政策であることが
理解できず、食料はスーパーに行けば何時でも手に入り、カネさえ
あれば何でも買えるという幻想を持っている人だというほかないだ
ろう。

「著者・岡部俊雄氏関連のHP」
http://www.tatunet.ddo.jp/okb/
http://www.seikatsusha.org/ne/okabe/


生活者通信メルマガ版 (マガジンID:0000146184)
ー「創刊号」 2005年01月01日発行/2005年05月01日現在読者数:1342名ー

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